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第13話

 歩調を落としてもジョアンとダンが並ぶことはなかった。足を止めるとジョアンも立ち止まる。  振り返れば、「何?」と不安げな顔で見上げてくる。他人の作った深い(わだち)から抜け出せないのだ。抜け出すことなど想像したことがないのだ。 「道が分からない、俺の前を歩いてくれ。」  突然言われた言葉の意図が分からず、ジョアンは目を丸くした。 「道が......って、どこに行く気だ?」 「お前が行きたいところへ。横について行くから、ほら! さっさとしないと背中を押すぞ!」  手で促すとようやく冗談だと気付いて、ぴょんと飛んで歩きだした。時々振り返りながら、歩を緩めてどちらに行こうか思案している様子がまるで子供のようだった。実際はずっと年上なのに、αであるダンから見れば子供のような小柄な身体だ。  背筋を伸ばして歩いて行く後ろ姿は、いつかのような澄ました様子もなかった。何の前提条件もない夜の散歩を、戸惑いながら楽しんでいるのが見て取れた。  足裏で感じる夜の草の感触は、昼間の弾性のある抵抗と違い、静かに踏みしだかれているようでどこか寂しかった。  こんな穏やかな時間はすぐに終わってしまうことに二人とも気付かないふりをしていた。  そして案外それは早く訪れた。  後ろから足音が近づいてきたのだ。三人、走るでもなく悠然と地面をわが物のように力強く踏みつける音。振り返らなくてもそれがこの館とジョアンを所有する人間であることは分かっていた。 「何をしている?」  怒気を含んだ声。プリモスは威圧的な空気を存分に撒き散らしながらダンを睨みつけた。  ダンの隣でジョアンが身体をピクっと反応する。Ωにとっては怒っているαの圧は強すぎるのだ。委縮するジョアンの前にさり気なく立ったダンは、真正面から相手を見据えた。 「酔い覚ましの散歩ですよ。庭を案内してもらっていた。」 「今夜の主役の一人に庭を案内させる資格が自分にあると思っているのなら大した図々しさだ。  客の何人かが後見を引き受けたいと申し出てくれたのに、当の本人が雲隠れ。しかも獣人のαと共にいるとは思いもしなかったよ。」  そう言うとプリモスは酷薄な笑みを浮かべた。 「生憎だがジョアンの後見人はまだ私なのだよ。勝手なことをされて面目も丸つぶれだ。  ジョアン、お前には心底がっかりした。発情期も終わったと思っていたのに、最後の最後にこんな恥知らずなことをするとは。  デルフィン・ダン、お前はよくもまぁこんなことをして。もう少し賢い獣人かと思っていたんだか買いかぶりすぎたようだな。」 「お言葉ですが私は退屈そうにしていた彼を散歩に誘っただけだ。後見人となる資格はないが、彼と歩くことくらい許されてもおかしくないだろう?」 「ほお、肩を抱くことすらできないΩを、獣人ではあるがαのお前がただの散歩に連れ出した、と。そんな嘘を私が信じるとでも?」 「嘘かどうか、ジョアンに聞いてみるがいい。あなたと番である彼をどうすることができるというのです?  私は彼と静かに歩いていただけだ。」  プリモスは馬鹿にしたように鼻を鳴らして笑った。  年は取っても自信に満ちた整った顔に、鋭い眼光。勝ち誇ったような表情で口元を歪めた。    なんと醜悪な表情だろうか。 「ジョアンが人に触れられるのを恐怖するのはね、前回の番解消治療せいだけじゃないのだよ。以前同じような集まりを催した時、よそのαと共にいなくなったんだ。  治療の後遺症か、フェロモンの標的指向性がうまく働かないようで、時々引き寄せられるαがいるのだよ。だから護衛までつけていたのに。  私が見つけた時にはすでに事が終わった後だった。馬鹿なことをしたらどういう目に合うか、しっかりと教え込んだらこのありさまだ。」

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