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第14話
全身を炎に包まれるような強い感情が身体を這ってゆく。怒りで震えそうになる声を押さえ込み、ダンはその濁流に飲み込まれないように言葉を繋いでゆく。
「番のいる彼が自ら望んで抱かれるわけがないだろう。なぜΩを責める、なぜそのαのせいだと思わないのだ? 人間はΩを何だと思っているんだ!」
「だからこそ特殊後見制度で守っているんじゃないか。これほど手厚く守られているくせに他のαに隙を見せるなど、愚かにもほどがある。」
「その手厚い後見を次のΩが来た途端放棄するような人間が何を言う。副作用がある治療だというのならなぜ番関係になり、今それを解消するのだ。」
老齢のαは若い獣人を挑発するようにせせら笑った。
「発情期のあるΩが安全に暮らすためには仕方のないことだよ。それが彼らの幸せだ。そんなに話がしたいなら部屋に来てもらおうか?」
それを聞いた途端ジョアンがヒュ、と息をのんだ。振り返ってみると、月光の下でもわかるほど顔色が変わり、ダンの背後から飛び出してプリモスに縋り付いた。
自らの身体を守るように左手を巻き付けて、脇腹のところでシャツを握りしめている。
「ごめ……っもう、しません、だから……」
見るからに高級な布で誂えた上着を掴んでいたジョアンの右手は、服についた虫を追いやるように躊躇なく払いのけられた。それでも許しを請おうとする細い身体は、弧を描いて振り回された杖をよけようとして地面に転がった。
混乱と恐怖、懇願と哀訴は、美しい花の真ん中で指先を汚す雌蕊 のように厭 われて捨てられた。
「立て、自分で歩けないなら引き摺って連れていくまでだ。」
何が起こっているか分からない若いΩは、さかんに目を瞬かせてジョアンを見ていた。
四人は葬儀の列のように黙ったまま歩いて行く。先頭を歩くプリモスは一度も振り返ることがなかった。人々の話し声すら聞こえない敷地の外れの離れに入って階段を上ると、客が休憩するための小奇麗な部屋があった。
部屋の奥の窓の方に寝台があるだけの簡素な作りだが、いつ人が来てもいいように準備がされている。
しんがりの警備の男が扉を閉めると外界の音はほとんど聞こえない。プリモスは、すでに抵抗する気力もなく目を泳がせるジョアンの腕を引っ張って奥の寝台に放り投げた。
真っ白なシーツが軽い身体を優しく受け止める。これからなされることが分かっているのだろうか。ジョアンは固まったまま小さな声で何かささやいていた。ダンにとって聞き覚えのない言葉は、存在しさえもしない神への祈りの文句だった。
自らの身体をきつく抱いたままそこから動こうとすらしないジョアンを見れば、以前どれほどのことをされたのか想像に難くなかった。
「ジョアン、言いつけに逆らった被後見人 がどうなるかエドゥの前で見せてやりなさい。今回はお前への最後の情けだ。ダンに抱かれるがいい。
エドゥ、お前はよく見ておくんだ。自分が何者であるのか、どうすることが一番幸せなのかしっかりと考えながら。」
怒りで飛びかかろうとする衝動を必死で抑えるダンを横目に、プリモスは踵を返して扉に向かった。
「そのΩが好きなんだろう? やりたいのならば最後の機会だ。私は仕事があるから外すが、お前が手を出さないのであれば警護のものにやらせるまでだ。
選べ、そして終わったらさっさと自分の場所に帰り、自分のすべきことをしろ。私の前には二度と顔を出すな、不愉快だ。」
さっきジョアンを振り払った杖が寝台に向けられる。
「愚かなΩめ。」
もはや名前すら呼ばないことで、既に彼の舞台にはジョアンの登場する余地はないのだと知らしめたのだ。
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