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第17話
「お前は馬鹿か!?」
できるだけ目立たないようにと、ダンはセトと二人でジョアンを館から連れ去った。そして獣人の町に遅れて帰ってきた仲間たちから散々怒られた。
あの夜ダンは庭にいた獣人の仲間を呼んだ。窓から投げ出したジョアンを受け止めてくれたのもその仲間たちだった。
だから何を言われても返す言葉がなかった。
「あと先も考えず連れ帰ってどうする。触れることすらできない、番のいるΩだ。発情期 が始まったら本人にとっても地獄じゃないか。」
分かっている、でもそれ以外に方法がなかった。というのがダンの言い分だったし、当のジョアンは無表情で黙って話を聞いていた。そんな様子に飽きれ顔のセトが話を振った。
「ジョアン、あんたはどうしたい? このまま獣人の町で誰にも触れられず生きて行く気?」
突然そう言われても、この先のことなんてジョアンには皆目見当がつかなかった。
正直、自分が手に入れたものが何なのかすら分からなかった。これまで自分の意思を聞かれたことなど殆どなかったし、聞かれたとしても大抵のことは既に決まっていたのだ。
「俺はあの時、もうあそこにいなくてもいいって言われて、ダンと別の場所に行きたくて……その先のことは......」
ため息をついたセトはジョアンの額を小突こうと指を伸ばし、固まった表情にああ、と手を引っ込めた。
「ちゃんと考えるんだよ、その先のことを考えるのはあんたの仕事だ。」
プリモスからは何の連絡もなかった。ただ、一切の取引を打ち切られ、結構な額の未払い金がいつまでたっても支払われなかった。手切れ金、とでもいうつもりなのだろう。
ジョアンは自分の番のままであり、あれだけ啖呵を切ったダンが番解消治療をすることはないとたかをくくっているのかもしれない。次の後見人を探すと言ってはいたがジョアンを取り戻そうとする気配がないのはありがたかった。
獣人の町での生活に慣れるまでずっとジョアンと一緒にいたダンは、暫くするとまた精力的に動き始めた。
朝早く家を出てあちこちの町まで行き、夜遅くに帰ってくる。ダンがいない間ジョアンは家で待っていたし、そのうちに知人の家を訪ねて時間を過ごすことを覚えた。
Ωとはいえ獣人と人の間でフェロモンが働く可能性は低いし、そもそもジョアンはまだプリモスの番なので一人で出歩いても襲われる可能性は限りなく低い。
だからダンがしきりに自分の匂いを嗅ぐのが不思議でくすぐったかった。
「忙しそうだな。」
「ありがたいことに引き合いが多くて忙しいよ。」
この事件のせいで失った取引先の分を捌くために別の町で取引先を開拓していたのだ。幸い相手が何であれ売れるものは売れる。
「香水なんかよりいい匂いのするものはいくらでもあるのに。」
目を細めて呟くダンに、ジョアンは不思議そうに首をかしげてみせた。
フェロモンの介在がほとんどないβ同士ならまだしも、獣人のαと人のΩが惹かれ合うなんて話は耳にしたことがない。どうして自分が人間のΩに反応するのだろうか。
生意気なことばかり言うくせに妙にしとやかな外見は確かに美しい。視界に入る一つ一つの仕草が目を惹く。だからあんなに無茶なことをしてまで連れ帰ったのだろうか?
発情期ではないのにジョアンからは微かにいい匂いがしている。でもそれは他の獣人のαに聞いても分からないといわれるのだ。
存在を確かめるかのようにダンはジョアンの首筋に鼻を近づける。鼻腔を通り抜け、その香りを認識するときにはもう頭のどこかで小さな火花がはぜる気配がするのだ。
まだ弱いけれど、確実に情欲を誘う匂いだった。
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