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第19話

 時間をかけて信頼を築けば触れることができるようになるとは信じていた。でもΩには三ヶ月に一度迎える発情期がある。それまでに何か考えなければ、二度と会わせるつもりのない男の身体に焦がれて苦しむジョアンを見ることになる。  プリモスを求めるジョアンを見るのも、自分ではその欲求を満たすことができないのも、ダンにとっては歯痒かった。  気が急くばかりで出口が見えない。何より、自分も我慢の限界だった。ダンは強く求めていた。獣人でなくともジョアンは美しく、その肉体を愛したかった。  空が深く光を閉ざす時間になると二人は褥に転がってお互い見つめ合う。心は激しく求めているのにどうして肉体はこんなに不自由だろう。交わることも慰め合うこともなく時間は過ぎてゆくばかり。  どんなに欲に(まみ)れた目をしていても、息がかかる距離まで近づくとジョアンの身体は緊張する。それだけのことをされたのだろう。孕むことのない身体の中で葛藤しているのが分かる。  抱きしめようとしたダンの手は、いつも肌の手前で熟した実が落ちるようにうな垂れてゆく。  目の前で自分を求める相手は拒絶するくせに、もう自分を見ようともしない番を欲する。ジョアンはそんな自分の肉体の浅ましさが疎ましかった。  無理にでも抱けばいいのにと捨て鉢に願いつつ、実際にそんなことをされたら二度と触れることはできなくなるだろうという予感を感じていた。 「お前は獣人のΩと会うことはないのか?」 「会う?」  ダンはいぶかし気に聞いたがジョアンは上の空だった。  自分がいればダンは獣人のΩと番うことはないだろう。でも獣人のΩのフェロモンに遭遇すれば?  もう帰る場所も行先もないことは知っている。自分で選択したことの意味が、今になってじりじりと背中を焦がしてくるのだ。 「あいつの思った通りのΩでい続けたら、愛してくれていたのかな。」  言わずともそれがプリモスのことだとダンには分かった。 「初めから番う相手がプリモスだったら、別のαに犯されて、罰を受けることがなかったら幸せな番でいられたのだろうか。子をなしていたら違ったのだろうか。」  止めどなく溢れる『もし』はダンの気持ちを鈍く穿って行く。 「……戻りたいのか?」  戻りたいのは場所なのか、過去なのか。ジョアンは身体の中の澱みに顔をつけて肺いっぱいその水を吸い込んでいた。  辛うじて首を振ると、ダンはさらに不可解だとでも言うように眉根を寄せた。  ジョアンがそんな話をしてしまったのは、自覚しないうちに身体の中で時計が進みつつあるのを感じていたからなのかもしれない。  突発的な発情が起きないように抑制剤は飲んでいた。だから発情期は次の新月あたりに来るはずだった。  窓の外の月はまだ満ちてすらいない。

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