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第25話

 二度目の治療は一度目よりも格段にきついものだった。混乱する身体をねじ伏せるように、覚えこんだものを破壊するのだ。  数日にわたる投薬を繰り返し、身体に刻み込まれた情報を無理やり上書きしてゆく。番形成によって色を付けられた透明な水は完全に元には戻らない。その色を変えるためにさらに濃い色を入れて前の色を否定する。全く別のものを入れて中和する。  本能に近いところを削ってゆく行為に、意識が混濁して澱が降り積もってゆく。  薬の効果が現れると、ジョアンは呻き苦しみ、嘔吐し、シーツをぐちゃぐちゃにして悶えた。だからといって途中で止めることはできない。ダンはただ心を殺して時間通りに注射を続けるしかなかった。  眠りたがる身体を薬で(さいな)み続け、五日目の朝:-:-  あらゆる汚れの中でジョアンは眠っていた。一晩に何度も交換した服と床布はふたたび汗や涙でじっとりと湿り、顔にも涙や汗や涎の跡がついていた。それなのに、穏やかな表情で目を閉じて息をする様子は、そこだけ薄明るく光がさしているような美しい光景だった。  ようやく訪れた平安な眠りの邪魔をしないよう、ダンは濡れた布でそっとジョアンの顔をぬぐった。しっとりとした産毛が陽光を弾いて光っている。  気位が高く勝ち気で、どんな目に合おうとも顔を上げて立とうとする強さがこのやつれた身体のどこにあるのだろうか。  ジョアン、戻ってこい......。心の中で呟き続けた言葉は誰に届いているのだろうか。  ダンは音を立てないように椅子を引き寄せて腰かけ、何時間もかけて目覚めるのを待った。  起きたってどうなるのか分からない。湖沼の底泥のように温く重苦しい微睡みの中でダンも泣いていた。  秋の終わりを告げる風が窓から吹きこんできた。明るい草原に木々の梢が揺れていた。  いつの間に横になっていたのだろうか。ゆっくりと目を開くとダンはさらりとした布に頬を付けていた。  しんとした部屋の中、目の前の人影を見上げるとジョアンが身体を起こして座っていた。窓の外を見て、伸びすぎた髪を風に泳がせている。  黒髪に隠れていた褐色の首筋が日に晒される。そこは驚くほど無防備で、清らかで、何の痕もなかった。  横に寝転んでいるダンの手に、細く頼りない指が重なっていた。ほんの少し動かすと、ジョアンが気付いてゆっくりと視線を向けた。  「おはよう」と唇が動く。  なのに声が聞こえないのだ。淡い色の舌が甘えるように動いているのに、優しく響く声が自分の耳に届かないのはなぜだろう。  もっと近くで声を聞かせてほしいと絡ませた指を動かしたのを合図に、ジョアンが身を屈めた。ダンの髪を指で梳って顔を近づけてくる。弧を描く湿った唇を受け止めた。  触れた唇と唇はどちらが誰のものなのか判別できないほど熱く溶け合ってゆく。  声を失って、戻ってきてくれた。ならばそれで十分だ。  二人きりでいる、悲しくなるほど完璧な世界だった。  あまりに幸せで、目を開いても自分のいる場所が分からなかった。  知らない間に溢れていた涙を拭い、椅子の上にいる自分に気がついた。ジョアンの姿を求めて(とこ)を見ても、そこには丸まった小さな背中しかなかった。  部屋はしらじらとした光に包まれていた。よそよそしいくらいに明るく、静かだった。だから、こちらが現実なのだと認めないわけにはいかなかった。

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