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第5話
「俺のこと、覚えてない?」
捨てられた子犬のように悲しそうに俯くが、やはり何度みても見覚えがない。
「…誰」
「亜久津、蓮!!!入学式であんたの前に立ってたんだけど」
「…いや、知らない」
「ひっでぇっ!!倒れたミホちゃん介抱したの俺なんだけどなぁ…」
ミルクティーみたいな髪色をしたこの男は、ひでぇひでぇとつぶやく。亜久津の言葉に引っかかりを感じた俺はまたん?と首を傾げた。
「っていうか、ミホちゃんって…」
「ミホちゃん、でしょ?ウワサになってるよ、眠り姫って」
「…は?」
眠り姫?俺はもしかしてまだ寝ぼけてる…?
「まぁいいや。ガッコ行こ!!!」
グイイイっと手を引っ張られて、半分放心状態だった俺は抵抗なく亜久津に外へと連れだされてしまうのだった。
「いってらっしゃいませ」
ペコリとお辞儀する平江に見送られると、亜久津があんた良いとこの坊ちゃんだったんだなぁと言うので少し腹立って亜久津の手を力いっぱい払ってやった。
「いや、な、どういうこと?」
「何が?」
「え?なに?」
道路の真ん中で二人固まって見つめ合う。まずどうして亜久津が俺の家を知っているのか、どうして家に来たのか、どうしてちゃん付けで呼ぶのか。質問は山ほどある。だが、目の前に立つこの亜久津もどうして俺が怒っているのか分からない様子で俺のことを見つめてくるものだから調子が狂ってしまってしょうがない。二人で数分見つめ合って、ぱちくりと瞬きをすれば、「まぁまぁ、クラスに行ったらわかるって」とゆるーく返されてしまった。
今度は俺の肩をぎゅっと掴んだ亜久津がそのまま強い力で押してくる。はぁ!?と声をあげながら俺は結局なんの説明も受けずに高校へ向かうことになった。
一年三組という札が下げられているクラスまで俺は亜久津に押される形でやってきた。中は結構ガヤガヤとしていて、もうグループらしきものもできている。やっぱ初日からクラスに行かなかったのはまずかったのかな、なんて思っていたらパッと俺の肩から手を離した亜久津が大きな声で「連れて来たよ!!!」と叫んだ。
「うわっ!?なんだよ、びっくりさせるなってっ」
突然大声を出すものだから驚いて飛び上がってしまった俺をよそに、亜久津がクラスの扉をガラリと開くと中から男子が目をキラキラさせて「本当か!?」と言うものだからまた飛び上がってしまった。
「俺は有言実行の男だからね…、さて。じゃぁ、みんなに紹介しよう!保健室の眠り姫…ミホちゃんだっ!!」
亜久津はそう言って俺を指さした。は?と声を漏らせば、男子たちもは?と間抜け面で固まっている。
「…男?」
誰かの声に亜久津は特に悪びれもなく「そうだよ?」と答えた。すると次の瞬間「えぇぇぇぇぇー!!!」という男子の不満そうな声がクラス中、いや廊下中に響き渡った。
いや、えぇぇぇぇって言いたいのはこっちなんだけど??!!
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