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第7話
「俺が倒れて、亜久津が介抱してくれて、横井が俺をお姫様抱っこで保健室に連れて行った…。突っ込みどころはあるけど…で、問題はそのあと…?」
亜久津のキス発言を「してねぇぇぇぇぇぇぇ!!」と俺の怒鳴り声で消し去ってから数分がたった。冬馬の力も借りて俺はようやく事の顛末を聞き出すことができたのだ。
「いや、具合どーなったかなぁって様子見に行ったら…」
もごもごと亜久津が恥ずかしそうに顔を赤らめて黙り込む。今更なんでそんな照れてんの、と頭をはたけばさっきのうるさい声とは正反対な音量で「キス…してた」とつぶやくのだ。
「してない」
「してた」
「してないって」
「俺見たし」
「いや、してないってば」
二人で言い合っていても埒が明かない。助けを求めるように二人して冬馬を見つめると、彼は少し困ったような顔をして「なんで俺を見るんだよ」と言った。
「でも俺ちゃんと見覚えてるからな。ミホちゃんが寝てたベッドの位置知ってるし。一番右側のベッドだろ…?」
「ベッドの位置を言われても困るって。俺本当にキスしてないし」
「えぇぇ~、でもキスされてミホちゃん目覚ましてたし」
キスをしてたしてたと自信満々に言われてしまい、俺は昨日の保健室での出来事を思い出す。目を開くと、眼前に迫った横井の顔…。おでこがあったかかったし、てっきり熱を測るために顔を近づけたのだと思っていた。もしかしてあれは、キスされていた…?と当事者の俺がそう思ってしまうくらい亜久津は必死なのだ。
「だから眠り姫ってことか…」
「俺の妹オーロラ姫好きなんだよなぁ」
「そんな話してないっ!!!とにかく、してないから!!」
変な噂がこれ以上広まってくれても困るので、ブンブンと首を横に振ってこれでもかってくらい否定しておく。
「じゃぁ俺が見たのなんだったんだ…?」
「幻覚でしょ」
「幻覚…」
不本意そうにつぶやく亜久津がまだ何か言いたそうにしていたが、シッシッと払いのけて俺は自分の席に戻る。クラスの視線を浴びたまま、気まずくて俺は机に突っ伏した。
昨日、俺の他に休んでいた人が二人もいたらしく入学式の後に予定していた自己紹介はまだしていないみたいだった。担任の先生がガラッと教室に入ってきて第一声に「じゃ、自己紹介するぞー」と言ったので俺は何を言おうかぐるぐると悩み出す。
「亜久津から、ほら立って」
先生に促されて、亜久津はすくっと立ち上がる。何を言うんだろう、と亜久津を見つめていたらばっちり目が合った。
「亜久津蓮です。中学ではサッカーをしていました!だから運動は得意です!!よろしくお願いします!」
小学生みたいな自己紹介だな、と思って鼻で笑ったらむっす〜とした顔をされる。亜久津のとなりに座っていたちょっと癖っ毛の男が次に立ち上がったので後ろからちょいと亜久津の椅子を蹴って「前向きなよ」と耳打ちした。
「内海翼です。俺は中学で弓道、やってました。昨日は突然休んですみません…」
ぺこり、と頭まで真っ直ぐに綺麗なお辞儀をする内海にほぅと感心していたら先生が苦笑しながら「ったく、初日からやらかしてくれやがって」とつぶやいた。何やらかしたんだろう、と考えていたらまたクルンと亜久津が椅子を引いてこちらを向く。
「次、ミホちゃん」
「え?あ、うん」
言うこと何も考えてないや、と立ち上がってクラス中を見渡した。男女比率は同じくらい、当たり前だけどみんなの視線は俺に集まっていてさっきの会話を思い出した。
「か、鹿山三保です。中学は…」
言いかけて口を噤んだ。二年の始めまで吹奏楽をしていたが、退部しているし、あまり掘り起こしたくない記憶がたくさん埋まっている。亜久津と内海に影響されて中学、と言ってしまったので変に固まってしまって次の言葉を紡ぐのに時間を要した。
「…ミホちゃんって、呼ばないでください」
たっぷり逡巡したあと、それだけを絞り出す。どっとクラス中に笑いが溢れてこれは逆効果だったかも、と思いながらさっと椅子に座った。
「白峰稔です。内海と同じく弓道やってました、えーと、俺も昨日はすみません」
「相良冬馬です。中学は蓮と一緒にサッカーしていました。俺は蓮より下手ですが、仲良くしてください」
自己紹介はパッパッと続いていく。流石に全員の顔を覚えられた訳ではなかったが、亜久津のお陰で随分早くクラスに馴染めそうで少し嬉しかった。
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