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第8話

幼稚園、小学校そして中学校。あだ名をつけられたことなどなくて俺には恥ずかしいと感情より先に動揺が襲う。自己紹介でミホちゃんって呼ばないでください、と言ったことにより余計クラスにウワサが広まった。名前も覚えてない相手に鹿山、ならともかくミホちゃんと呼ばれるなんて過去の俺からしたら奇跡に近い出来事なのかもしれない。そんなことを考えて、ミホちゃんと呼ばれる怒りを抑えるのだが、眠り姫と呼ばれるのは嫌でしょうがなかった。しかも、眠り姫じゃなくてプリンセスと呼んでくる相手がいるから尚更。 「あ、プリンセス」 その相手というのが、横井である。昼休みの時間、なんとなく保健室の扉を開くと第一声に彼はそう言った。 「げっ…、なんで」 「眠り姫のミホちゃんだっけ、すごいウワサだね」 アンタが紛らわしいことするからでしょ、って言おうとしたら廊下から横井センセー!と女子たちが走ってきたので俺の言葉は喉奥で留まってしまった。 「保健室は体調の悪い子が来るところだよ」 「いいじゃん〜!私今日生理でお腹痛いの!はい!体調悪い!」 上級生だろうか、数人の女子が保健室に入ってきてドカドカとソファに座りこんだ。お弁当を持っているところを見ると、横井センセーと一緒に食べる気らしい。なんだ、お邪魔か。そう思って保健室から出ようとすると「鹿山くん」と声をかけられた。今日は一度も苗字で呼ばれていないので何だか変な感じがして振り向くと、すぐ後ろに横井が立っていた。 「騒がしくてごめんね、体調はどう?」 「…別に平気です」  そっけない俺の返事に苛立ったのか、険しい顔で保健室の扉にもたれていた横井が俺の腕をぐいと引っ張る。突然引っ張られたので、バランスを崩した俺はおわ、と変な声をあげてよろめいた。 「だ、大丈夫!?やっぱり、具合悪いんじゃない??」  途端に横井が顔色を変えて、俺の腰を支えてくる。はっ!?と声を荒げようとすれば、横井の人差し指がぴとりと俺の唇にあてがわれる。魔法でもかけられたかのように、静かになる俺を横井が「良い子」と笑って頭を撫でてきた。 「ごめんね、今日は彼の具合が悪いみたいだから…」  えぇー、と文句を言う女子生徒に何度も平謝りして横井は俺をひょいと抱え上げて昨日と同じベッドに下ろした。 「は?」 「まぁまぁちょっと待ってて」  さっとカーテンを閉めた横井はくるんと俺に背を向けてソファでお弁当を開いたままの女子たちに保健室から出るよう促している。 「大人しくしてるからいいじゃん〜っ」 「だーめ、ちゃんとクラスで食べておいで。本当に調子が悪くなってから来てね」 「じゃぁ私が本当に調子悪くなったら、さっきみたいに運んでくれる?」 カーテン越しから聞こえる会話を聞きながら俺はベッドに寝転ぶ。ぐぅ、と鳴ったお腹をさすって天井を見つめた。 「僕が女の子を抱っこしたらセクハラになっちゃうでしょーが」 あはは、という横井の声が聞こえてきてちらりとカーテンの隙間から覗けば女子たちが保健室から出て行くところが見えた。 「いいなぁ、さっきの子…センセー王子様みたいでかっこよかったよ」 「はいはい、ありがとうね」 ガラリと扉が閉まって、横井がこちらに歩いてくるので俺はサッと身を引いてまたベッドに寝転んだ。 「俺、別に調子悪くないんだけど」 「…じゃぁ、僕の勘違いかな」 カーテンを少し開いて横井が俺の寝転ぶ隣に腰掛ける。タバコの匂いがまたほのかに香って、似合わないなぁと笑った。 「でも、何か用があったから保健室に来たんでしょう?プリンセス」

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