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第10話
保健室の中にある洗面台でマグカップを洗う横井を寝転びながらぼーっと見つめる。時節俺の視線が気になるようでこちらをチラチラ横井が見てくるが、俺はその視線をまるきり無視していた。
やっぱ、綺麗な顔してるよなぁ…。
彼の長くすらりと伸びた手足はどんなファッションでも上手く着こなせてしまうのだろう。えらく整った顔をしているが、少し前髪が長いせいで隠れてしまっているのが惜しい。鬱陶しそうに髪を耳にかけるあの姿をみてしまうと、女生徒に人気なのも頷ける。
—そうだよ!!俺が昨日保健室行ったら、ミホちゃん保険医の横井センセーにキ、キスされてたんだからなっ!!!
本当、なのだろうか。横井がキスを?そんなことを考えていた俺は無意識に横井の唇を見つめていたらしい。
「何か僕の口についてる…?」
「…何も」
男同士の、キス。俺がそこまで慌てていないのは、男同士のキスが初めてではないから。それは自分が他の人間とは違うのだと気づいたあの日の出来事だ。
俺が今まで黙っていた秘密、それは男しか好きになれないということ。中学生の時に発覚してから何度か叶わぬ恋をした。その中でも本気で好きになった人がいて、それを認めてもらいたくて両親にぽろっと言ったことがある。
『俺がもし男を好きだって言ったらどうする?』
軽い口調で言えば冗談として扱われるかもしれない。そんな保険をかけて、あくまで反応を見たかっただけの俺はそう言った。
『ありえないし、気持ち悪いわ』
はっきりとした拒絶。ギロリと睨まれたあの目は今でも忘れられないほど冷たく鋭利だった。
ありえない、ねぇ。現にあなたの息子は保険医とキスしたかどうかという問題を抱えてるんですけど。
「ねぇ…」
声をかけると、マグカップを洗い終わったらしい横井が「んー?」と間の抜けた返事をした。
「俺が倒れた時、何か俺にした?」
俺の問いに横井はニマーっとした変な笑顔を返す。
「…何の笑顔なのそれ」
「知りたい?」
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