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第13話

 むにゅ、と何か唇に当たったような感覚。柔らかい、何かが…。段々浮上していく意識に、俺は少しずつ目を開いた。もう見慣れた保健室の景色。ジクジク痛む頭を押さえながら横を向けば、携帯を弄りながらソファに座る横井がいた。  思わず、俺は自分の唇を撫でる。どうしてだかしっとり濡れている唇は熱を持っていた。 「…具合はどう?」  目を覚ました俺に気づいたのか、横井が携帯を置いてこちらに近寄ってくる。俺はすぐさま唇を触っていた手を引っ込めて、布団に突っ込んだ。 「頭いたい」 「また貧血かな、ちゃんとご飯食べてる?」 「食べてる…けど」  平江も俺が貧血持ちなのを知っているので、鉄分が多い料理を出すように心がけているらしい。俺だって何度も貧血になりたくはないので、できるだけ食べるようにはしている。ホウレンソウ苦手だけど。 「足りてないのかも。運動は控えた方がいいかもね」 「うん…」  さっきの、感触は一体なんだったんだろう。覚醒しきっていない頭で考えるが、現実なのか夢なのかわからない。 「そんなに痛い?」  素直にうなずいた俺が弱っていると思ったのか、横井が俺の顔を覗きこんだ。お互いの睫毛の影見えるくらい近づいた距離に、鼻孔をくすぐる柑橘の香水とたばこ。そっと伸ばした手で、横井の唇を触ってしまったのは、きっと頭が痛いから。  …濡れてる。 「えっ…」  驚いた様子の横井がパッと俺の手を取って後ずさった。 「…ミルクティー飲みたい」  それだけを振り絞るように言えば、横井は「ミルクティーね、すぐに淹れるから」と俺の手を離してマグカップを取りに行った。一連の彼の動作を見つめながら、俺はまた自分の唇を触る。 『三保様…それは、おやめください』 『でも俺、佐野さんのこと好きだよ。キスって好きな人とするもんなんでしょ?』  中学二年の時に本気で好きになった相手は、たまに家に来てくれる佐野さんという執事だ。紅茶を淹れるのが上手で、よく俺の頭を撫でて褒めてくれる。両親の愛情に飢えていた当時は、佐野さんのくれる言葉が新鮮だったのだ。平江も褒めてくれる時は褒めてくれるが、大体呆れたり怒ったりすることが多い。思春期になって、それなりに知識を得た俺は佐野さんへの気持ちが恋なのだと気づいて猛アタックした。手を繋ごうって公園に行ったし、俺の手作りお弁当も食べて貰ったり、そんな乙女みたいなことを繰り返して、それでも我慢できなくなって一度だけ不意にキスをしたことがある。すぐにおやめください、と避けられてしまったけれどあれは最初で最後の佐野さんとのキスだ。  キスしていたことがバレた訳ではなかったけれど、佐野さんはそれ以来俺の家には訪れなくなった。 「ほら、ミルクティーだよ」 「…ありがと」  渡されたミルクティーを受け取って口を付ける。やっぱり、市販のミルクティーなのにこんなにも美味しい。俺は記憶の中に紅茶を淹れてくれる佐野さんの姿を探し出す。佐野さんも猫舌の俺に会わせて体温まで温度を下げてくれた。 「ねぇ、さっき俺にキスした…?」

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