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第16話
真摯な瞳で平江は言った。小さい頃から本当に俺のことをよく見ている平江はとっくに俺の秘密について知っているのだろう。無言で彼の手を振りほどいて、俺はそのまま玄関から出た。
「あ、三保おはようっ!」
ひらひらと笑顔で手を振るのは蓮だ。ミホちゃん、とずっと呼んでいたのだがウワサ拡大を気にしてなのか、最近は俺のことをちゃん付けで呼ばなくなった。
「蓮、おはよう」
俺もそれに合わせて蓮、と下の名前で呼ぶことにした。名を呼ぶだけで嬉しそうに顔を綻ばせるので、俺も少し気分がいい。距離がぐんと近づいた感じがして、いい。
蓮の家がどこにあるのか知らないが、彼曰く俺の家が通学路にあるというのでそこまで離れてはいないのだろう。抜けてそうでいて、いつも同じ時間きっかりに迎えに来るので真面目な奴だ。お陰で俺は今のところ、皆勤である。
「明日から本格的に朝練始まるかもしれないんだよなぁ…」
中学からサッカー部だという蓮は、部活推薦でこの高校に入ったらしい。友人の冬馬も同じで、二人は俺よりも早く入部手続きを終えている。数回ほど、朝練があるから一緒に学校行けないと蓮に断られたことがあった。
「強豪校だしね、練習もハード?」
「中学の時も結構厳しかったからそこまで変わんねぇけどやっぱハードだなぁ…。でもマネが
めっちゃ可愛いから頑張れる…」
キラキラと大きな瞳を輝かせてガッツポーズを見せる蓮に、マネージャーの姿を思い浮かべてみるが保健室からたまに見えるサッカー部の練習を見ているときにマネージャーを注視したことがなかったのでぼんやりしている。
「見たことないかも」
「果歩先輩っていうんだけどな、ポニーテールが似合うっていうか…、サッカーうまいしご飯
作れるし、マジで今年引退とか今からへこむ」
「へこむってあと半年くらいは一緒に活動できるんでしょ?」
「そうだけど、あと半年しかねぇじゃん」
あと二年早く生まれたかった、と悔しそうに歯ぎしりをする蓮に俺は苦笑した。
「三保はなんか部活入んねぇの?」
「俺かぁ…、なんも考えてないけど」
如月高校では、特に入部が絶対とは決まっているわけじゃない。帰宅部もそれなりの人数いるので、目ぼしい部活動がないうちは帰宅部でいいかなと思っている。
「横井センセーって今合唱部の顧問やってるらしいよ。人全くいないから幽霊部って呼ばれてるけど」
「…が、合唱部?」
ぽんと頭にあの横井が楽譜をもってラーラーと下手くそに歌っている風景が浮かんできて思わず笑いそうになった。本当に似合わない。
「意外だよなぁ…、歌うまかったりすんのかな…。想像できねぇな」
二人でそう言いながら笑い合いながら校門を潜る。学校に咲いていた桜は散り始めていて、道が桜が敷き詰められたピンクの絨毯のようだ。綺麗だなぁ、とそれを見つめていたら校門の入り口でぼんやりと立ち尽くす横井と目が合った。
「…プリンセス、おはよう」
「何やってんの、ここで…」
これまで何度もプリンセスや姫と呼ぶなと言ってきたが改善されたことは一度もない。早々に諦めた俺は気にしないようすることにした。
「遅刻した人の名前書く係になっちゃったから待ってるんだよ」
「えぇ、今度俺が遅刻したときは見逃してっ」
下駄箱へと先に向かっていた蓮が戻ってきてひょっこりと顔を出す。髪に花びらが乗っていたが、何となく似合っている気がしたので何も言わなかった。
「見逃したら俺が怒られるじゃん」
「えぇ、ケチ」
ぶぅ、と頬を膨らませる蓮をほっぽって横井がニコニコしながらこちらを向いた。最近のブームなのか、俺と目が合うと下手くそなウィンクを投げてくる横井にメツブシをしたくなる。
「プリンセスのためならいいよ?」
「三保だけずっりぃ~、いいなぁ遅刻し放題」
「…しないよ」
何気ない特別扱いに心がぎゅっと締め付けられる。ウワサもあってか、俺が横井と話しているだけでこそこそと聞こえてくる会話に敏感な蓮が顔を歪めて「行こう」と俺の腕を掴んだ。
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