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第17話
「あ、うん」
「三保は気にしなくていいからな、あんなやつらなんて」
ぱっぱと素早く上履きに履き替えてもう行き慣れた二組のクラスへ入ると既に席に座っている内海がいた。
「おはよう~、内海」
「あ、鹿山おはよう」
内海と白峯も剣道の部活推薦でこの高校に入ったらしく、二人とも朝練にいそしんでいるらしい。毎日一時間目から眠そうにあくびをしている内海を授業中突いて起こすのが俺の日課になりつつある。
「なぁ、鹿山。二時間目の数学って宿題あったよな?」
見せてくれ、と手を合わせる内海にノートを見せるのも日課だ。俺はしょうがないなぁ、と笑いながらカバンに入っていた数学のノートを内海に手渡した。
「ありがとう~、ほら稔!ゲットした!」
内海が白峯と一緒にノートを見ながらスラスラと宿題のページを埋めていく。数学の犀賀先生は話しやすい人で生徒からも人気あるが、宿題忘れには厳しい。初日から何か問題をやらかしていたらしい内海と白峯は二日目に数学の宿題を忘れて、宿題三倍の刑に処されていた。冗談で見せようか?と言ったところそれが日課になってしまっているが、頼りにしてるから、などと言われてしまうとこちらも無下には断れない。
「三保って意外と真面目だよなぁ」
そんな俺の様子を見ていた蓮が俺の机に頬杖をつきながらそうこぼす。
「それは俺のセリフだよ」
ミルクティーの髪色からして目立っているが、言動も言っちゃ悪いがこどもっぽいところがある。だが、ふざける場面とふざけてはいけない場面の境界線がはっきり引かれているし、主張することにも説得力があって中学のとき冬馬に代わってサッカー部の部長をやっていると聞いたときはわかるかも、と俺も頷いた。
「俺が、真面目か?」
きょとんと首を傾げて蓮が言う。信じられない、なんて表情に思わず俺はぶっと噴き出した。
「おいおい笑うなよ~、俺のこと真面目って言うの二人目だなっ!」
「俺の前に誰が言ったの?」
「冬馬っ」
「あぁ、なるほど」
幼馴染という二人は家族ぐるみで仲が良いらしい。俺と蓮と冬馬の三人で話しているとたまに冬馬の昔話になるのだが、大体それを話しているのは蓮だ。家も近い二人が一緒に学校へと通わない理由は、冬馬が朝弱くて起きないということからなのだが、蓮以上にきっちりしている冬馬が朝弱いとは意外である。
「…呼んだか?」
ホームルームが始まる直前に教室へと滑り込んだ冬馬が涼し気な顔でそう言った。
「あっ、起きたか~?ほんと起きろよなっ」
後ろ髪にぴょこんと跳ねる寝ぐせを付ける冬馬を蓮が笑いながら指摘している。寝ぐせに気づいても特に直そうとはしないので、渋々蓮が立ち上がってその寝ぐせを押さえつけた。
「そんなにひどいか?」
「ひどいね…、今日は起こしにくる人来なかった?」
「来たけど、いつもとは違う人だったからな」
「違う人?」
二人の会話を聞きながら俺は頭の中でハテナマークを掲げた。
「え、冬馬って朝起こしに来る人いるの?」
お手伝いさんってやつ?と熱心にノートを書いていた内海が顔をあげて言えば、蓮が羨ましいよなぁと口をとがらせる。
「まぁでも冬馬の場合お手伝いさんっていうか、同じマンションに住んでる一つ上の面倒見良い人が毎朝来てくれんの。本人は腐れ縁って言ってるけど…」
「腐れ縁だな」
「よく言うよ、ご飯までご馳走になって」
うん、昨日はシチューだった、うまかった、と冬馬が嬉しそうにそう言って俺の後ろへと座る。
「冬馬って一人暮らしなんだっけ」
「実質親が二人とも海外に行ってるから、まぁ…そんな感じ」
きっちりはしているが、自分のことに割と無頓着な冬馬が料理をしている姿など想像できない。
「いいなぁ…俺も一人暮らししたいや」
今まで平江がやっていたことを全て一人でしなければいけないのは大変だろうけど、それ以上に自由だ。邪魔するものもいない。そんな生活に小さい頃からあこがれていた。ぽろっと出た言葉を冬馬は拾ってくれて、真面目に考えてくれた。
「今俺が住んでるマンションには空き部屋がまだあるはず…だが」
「あー、いやぁ、ただの願望だよ」
冬馬が後ろでまた何か言っていた気がしたが、担任が教室に入ってきたせいでおしゃべりはお開きになった。
「今日は内科検診があるから。呼ばれたらすぐに男子から保健室に向かうように」
連絡事項はこれだけだから、とすぐにホームルームを終わらせた担任の聖川は教室を出て行った。内科検診と聞いて女子たちが盛り上がっている。
「え、待って、内科検診ってことは王子様に会えるじゃん~!!」
「でも王子の前で脱ぐの恥ずかしい…」
「待って、王子に捲られるってこと?」
口々に話しているが、王子というのは横井のことだ。俺のことをあれだけプリンセスと呼んで、お姫様抱っこをしていたらあだなが王子になっていた。
「でも王子ってホモみたいなウワサあんじゃん」
ある女子の一言で視線がこちらに突き刺さる。あぁ、やめてくれ、と俺はシャットアウトするように携帯をいじりだした。
「横井センセーはホモかわかんねぇけど三保は違うからなっ!!」
そんなウワサ話をこそこそと続ける女子の輪に割って入るのは蓮だ。初めの方はやめろよ、と蓮を止めていたのだが繰り返すうちに何も言わなくなった俺の代わりに冬馬が宥めてくるようになった。
内科検診か、嫌な予感しかしない…。
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