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第19話
俺と横井の関係は、俺自身よくわかっていない。俺が横井っ!!と呼び捨てしても怒らないし、保健室に行くと彼はいつもミルクティーでもてなしてくれる。明日も明後日も保健室に来てね、と言ったくせに俺が行かなくても何も言わないし、キスしたかどうかすらも言ってくれない。
またあとでねって、言ってたよな…。
優しくされて、他に居場所がない俺に居場所をくれる大人な横井に、俺が惹かれない訳などなかった。
昼休み、平江に持たされたお弁当を片手に保健室へ向かうといつも通りソファでくつろぐ横井がいた。俺が来たのを見て、すぐに立ち上がった横井はいらっしゃい~、と椅子を出してくれる。デスクにお弁当を置いて、用意された椅子に座るとマグカップを渡してくれた。俺が来ることを見越して作って置いてくれたみたいだ。
「女子たち、来なくなったね」
そういえば、とミルクティーを飲みながら話すと横井は嬉しそうにゆっくり頷いた。
「プリンセスのウワサのお陰だよ」
「俺は迷惑してるんだけど…」
怒りを混ぜた声でそう言えば、横井は特に悪びれもなく「ごめんね」と言う。蓮も冬馬も内海もいる。俺が高校でやっていけているのはこの三人がいるからだ。
「横井は、いいの?変なウワサたってるけど」
俺と横井がホモで、付き合っているというのが一番囁かれているウワサだ。最近それに俺が横井を誘ったというウワサも加わったらしい。
「うん、いいよ」
「女が好きなのかと思った」
「好きだよ、でも三保も好きだよ」
「…え?」
飲んでいたミルクティーが気道の変なところに入り込んで、喉からヒュコっとおかしな音が鳴った。
「だ、大丈夫?」
ゴホゴホと咳をする俺の背中を横井が優しく擦ってくれる。持っていたマグカップをすっと横井がデスクに戻した。
「ほら、ゆっくり息を吐いて、吸って…」
何度か大きな咳をすれば、気道に入ってしまっていたミルクティーがちゃんと元の食道に戻って、段々喉の痛みが消えて行く。びっくりした、急に名前を呼ばれた。それに、好きだよって。そんな簡単に好きなんて言わないでほしい。きっと、彼にとって「好き」という言葉は「おはよう」と同じくらいの頻度で吐かれる言葉で言い慣れているんだろうけど、俺にとって「好き」というのは年に一度言うか言わないかくらいなのだ。そんなの驚いて当然だし、ミルクティーを飲んでいる間に言われたら気道に入り込んでしまうに決まっている。
「落ち着いた?」
まだ喉はイガイガしたが、痛みはなかったのでこくりと頷く。横井も咳が止まった俺を見て安心したように息を吐いた。まるで何かを慈しむように目じりを下げて微笑む横井の目元を、太陽に照らされて栗色に光る髪の毛が撫でている。ふいに横井の心臓の音が聞きたくなって、彼の胸板にもたれた。かなり体重をかけたつもりだったが、よろつく様子も見せず俺を受け止めて見せる。薄っすら開いた窓から涼しい風が入ってきて、俺の前髪をそよそよと揺らした。ドクンドクン、と静かな心音が頭に響き渡って俺は目を閉じる。
壁にかけられた時計の針が動く音と、昼休みに運動場で遊ぶ生徒の声。心の中までもが浄化されていって、もしかしたら次に目を開けた時自分は周りから必要とされる人間になれているかもしれない、なんてそんな錯覚にまで陥った。…そんなわけないのに。
「…ありがとう」
「大丈夫?」
「もう平気」
このまま離れがたくなったら困るので、パッと横井から離れた。
「ご飯、食べよっか」
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