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第20話

 一人用の机に二人のお弁当をぎゅうぎゅうに並べて食べる。横井は相変わらずコンビニ弁当で、俺のお弁当の具材を何か一つくれ、と毎回言ってくるのだ。料理が苦手らしく、滅多にキッチンに立つことがないという。俺がお弁当を開こうとすると、横井は必ず覗き込んできて美味しそう、いいなぁ、うらやましい、とこぼす。平江のお弁当はいつも色とりどりで、見た目も良し味も良しだ。特に俺が一番気に入っているのはこの出し巻きの卵焼き。一度卵焼きが食べたいとせがまれたことがあって、渋々卵焼きをあげたら美味しすぎる!とオーバーなリアクションをくれた。平江の卵焼きを好きな人に、悪いやつはいない。 「いつもこれだね」 「豚ネギ弁当美味しいんだよ」  保健室には横井の私物がかなり持ち込まれている。レンジやケトルがその代表的なもので、横井はいつも豚ネギ弁当をレンジで温めてから食べている。 「美味しいのは知ってるけど、毎日それって…」  栄養が足りないんじゃ、と言葉を続けようとしたらひょいと卵焼きを一切れ食べられてしまった。 「あっ」 「今日も美味しい…」  卵焼きを取られて思わずむぅと口をとがらせると、温まった豚肉を申し訳なさそうに俺のご飯の上に置いた。 「いっつもこれじゃん。俺が飽きたよ」 「じゃぁ明日は違うお弁当にするね」 「明日は土曜日だよ」 「えぇ、ほんとだ」  デスクの上に置いてあるカレンダーを見つめて俺が言えば、がっくりと目に見えてわかるくらい横井が肩を落とす。平江の卵焼き、作り方教えてくれるかなと思うくらい絆されている自分に驚いた。  ウワサになった元の原因は横井だ。変に思われるような行動ばかりするせいで、俺があることないこと言われている。いつもそれで怒りの感情を沸かせているのに、横井に会うとすっとその感情が消えて行くのが不思議でならない。 「横井って合唱部の顧問なの?」 「うん、一応ね。部員一人いたんだけどもうやめちゃった。だからピンで合唱部やってんの」  本当だったんだ、と目を丸くさせると横井はんんん、と咳払いした。 「…歌ってくれるの?」  すぅっと大きく息を吸い込んだ横井が子供向けの番組で流れているような幼稚な歌を真面目な顔で歌ってみせる。バラバラな音程で、ひどすぎる音痴だ。安定しない唄声に、一人だけいたという部員がやめたのも頷けた。 「すっごい音痴だよ」  横井の歌声に被せるように言っても、横井は諦めず今度は他の歌を歌って見せる。最近コマーシャルでよく流れるラブソングだ。ひどい、ひどい、ひどすぎる。お腹がピリピリするくらい笑うと、ようやく横井が歌うのをやめた。 「えぇ~、じゃぁ三保が歌って見せて」  プリンセス、と呼ぶのをやめてくれたみたいだ。それが嬉しくて、普段は歌なんて歌わないのに歌ってもいいかなと思えた。 「…いいよ」  昔、何で聞いたのなんか忘れてしまったけれど耳にこびりついて離れない歌がある。歌詞もうろ覚えで、ところどころフンフンと鼻歌になりながら歌った。 ――幸せを引き立ててくれるのが辛い、悲しいことだったら。自分を受け容れてくれる人に出会えた僥倖の土台が、嫌なことだったら――  俺が歌っている間、横井は静かに豚ネギ弁当も食べずに聞いてくれた。僥倖の土台が嫌なことだったら、嫌なことがあってこその幸せや奇跡を幼いながらに考えたことがある。自分を受け容れてくれる人、歌詞を作った人はもしかしたら自分と同じような悩みを抱えていたのかもしれない。すっと自分の中に納まったこの曲の名前を俺は知らないし、知ろうとは思わない。好きなフレーズを、自身の心の中でずっと秘めているだけだ。 「上手だね、歌」  カラオケにも行ったことがないので、人前でこんな風に歌うのは初めてだった。歌い終わってから何とも言えない羞恥心に襲われて、頬が紅潮した。 「ほんと…?」 「うん、プロみたいだ。びっくりした」 「プロって、大げさだなぁ」  いつまでたっても箸を動かそうとしない横井の腕を突いてやると、魔法が解けたように口へと豚肉を運び出した。聞き入ってくれたみたいで何だか嬉しい。 「良い歌詞だね、いつもよりこのお弁当が美味しく感じるよ」  良い歌詞だ、と共感してくれるのはありがたいけれどすっかり冷めてしまった豚ネギ弁当は何だか硬そうで嫌だ。とんでもないお世辞だな、と笑っている間に彼は大口開けてあっという間に豚ネギ弁当を食べ終えてしまう。口にご飯粒がついていることを指摘すれば、恥ずかしそうに笑った横井が「非常食だよ」と言いながら食べた。  もう少しで昼休み終了のチャイムが鳴る。この保健室から出るとまた、あのウワサが聞こえるようになるんだよな。

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