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第21話
しゃぼん玉がふわふわと風に乗って飛んでいく。大きな木の幹に当たってぷちっと弾けると、子供の残念そうな声が聞こえてきた。
「平和だねぇ」
隣に座るのはシャツとジーンズ姿の横井で、今まで白衣姿しか見たことがなかったから、彼の私服は新鮮だ。二人並んで土手に座って、散りだした桜を見つめていた。制服を着た女生徒が綺麗だねぇ、と携帯で桜の写真を撮っている。スカートの丈が短くて、座っている俺たちからは中の下着が見えそうだった。
「あれじゃぁ、見えちゃうよ」
じぃ、と下着を見ようとする横井の頭を叩く。横井はよく先生としてしちゃダメだろってことを平気でしてみせる。俺が横井先生、ではなく横井、と呼ぶのは先生に見えないからっていうのが主な理由だ。
「三保は見ないの?」
「俺はいい。女が好きなら見ればいいじゃん」
しまった、今の言い方だと俺が男好きだってバレかねない…。
「だから、俺は三保が好きだって言ったはずだけど」
「えっ」
ジリリリリリリとけたたましく頭上で目覚まし時計が鳴る。ひどい目覚めだった、なんだ今の夢は。
バクバクする心臓を抑えながら、俺は起き上がって目覚まし時計をガンと一突きした。時刻は八時半、今日は土曜だから平日よりも遅めの起床である。
二人でお花見、して…何やってんだ俺ほんとに。ベッド下に落ちてしまっていた携帯を拾って、すぐに夢占いのページを開いた。お花見、とまず検索するとヒットするのは“満開のお花見は運気アップのチャンス!”という記事だ。横井のことをなんて検索しようか数分悩んで、“気になる人”と打ち込んだ。すると、気になる人と楽しい話をする夢は、その人が自分に好意を寄せているという暗示の夢だという結果が出てくる。楽しい話をしていたかは微妙だが、特に悪い話でもなかったはずだ。
ーー三保も好きだよ。
頭からこびりついて離れない。何気ない一言であるに決まっているのに、もし本当に好意を寄せてくれているとしたら?満足に恋愛をしてこなかったせいで、経験値が少ない俺には他人の気持ちが上手く想像できなかった。
「三保さん、朝ですよ」
いつも通り、平江がトントンと自室の扉を叩いた。ガチャリ、と開かれた扉をぼうっと見つめていると俺がもう起きていることに驚いたらしい平江がぽかんとこちらを見ている。
「…おはよう」
「お、はようございます。朝食の準備ができていますので、リビングにお越しください」
「わかった」
平江がそれだけを言い残して、部屋から出て行った。ベッドから足を下ろして、携帯の画面を閉じる。だめだ、横井のことばっかり考えている。顔を洗ってすっきりして、それから朝ごはんを食べよう。
考えるのはそれからだ。
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