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ランドルフ2

 ランドルフが父との対面を果たした数時間後。  ポリュムニア・シアターに足を踏み入れた彼は、その美しさに思わず息を飲んでいた。  煌々と灯る巨大なシャンデリアに照らし出されたホール内は、まるで昼のような明るさと喧噪に包まれている。  壁に施された精巧で美しい彫刻、優美な石像や絵画、煌びやかな天井画など……人目見ただけで、ここに置かれる全てが超一級品であることは、容易に想像できる。  まるで夢のような、華やかな空間。  田舎から出てきたばかりの純朴な若者が圧倒されるのも、無理のない話だろう。 「どうだい、素晴らしい劇場だろう」 「本当に、そうですね」 「……と言うわりには、あまり浮かない顔をしているね。昼間のこと、まだ気にしているのかい?」 「……」 「叔父は誰に対してもあぁいった態度を取る人だ。いちいち気に掛けない方がいい」 「そう……ですか」  フレッドに慰められたものの、ランドルフの心は沈んだまま。数時間前に父と交わした言葉を思い出して、深いため息をついた。 **********  ランドルフと父の対面は、実に呆気ないものだった。  茶色い髪と尾を持った、大柄な壮年男性。どことなく自分に似ていると、ランドルフは感じた。 「お前がランドルフか」  低いテノールが、己の名を呼んだ。ただそれだけのことで、ランドルフに微かな緊張が走る。 「はい」  生まれて初めて会う父に、ランドルフは戸惑いを感じていた。  なにを話せばいいのかわからず、そのまま口を噤む。  そんなランドルフを見た父は 「随分と覇気がない。やはりあんな田舎にいつまでも置いておくのではなかったな」  吐き捨てるように言われ、ランドルフはカッとした。 ――生まれてからずっと放っておいたのは自分のくせに、なんて言い草だ……!  今まで慈しみ育ててくれた養父母を、顔も見たことのない母を馬鹿にされたような気がして、腹の底から怒りが湧き上がる。 「そんなふうに思うなら、母と番を解消しなければよかったでしょうに」  両親が番の契約を解消したのは、彼がまだ母の胎内にいたころ。  アルファである父は、ある日“運命の番”を見つけ、オメガである母を捨てたのだ。  そのため身重の母は生まれ故郷に帰り、たったひとりでランドルフを出産。彼女の心の傷はその後も癒えることなく、やがて蝋燭の火が消えるように儚くなったのだった。  遺されたランドルフを育ててくれたのは、遠縁にあたる老夫婦だった。  彼の誕生を知った父は多額の養育費を送ってくれるが、一度も会いに来ることはなかった。  しかしランドルフは、それを寂しいと思ったことは一度もない。  優しい養父母から惜しみない愛情を与えられ、なにひとつ不自由のない生活を送っていた彼にとって、金銭を送ってくるだけの父は、赤の他人のよりも遠い存在だったのだ。  のどかな田舎町でのびのびと成長したランドルフ。  幼少期から人一倍体が大きく、ほかの子どもに比べてずば抜けて高い能力を持っていた彼は、幼少期からアルファではないかと噂されており、それは遠く離れた都会に住む父の耳にも入ったらしい。  やがて性別検査でアルファだとわかると、養育費とともに『こちらに来い』と認められた書簡が届いた。  自分がアルファだとわかった途端に手の平を返すだなんて……。  ランドルフはただただ唖然とした。  養父母にはどうするかと問われたが、一貫して拒否の姿勢を貫くことに決めたランドルフ。  この地で養父母を支え、これまでの恩を返しながら生きていくのだと決めていたのだ。  何度書簡が来ても断固拒否しようと意気込んだランドルフだったが、その後父から連絡が入ることはなかった。  やがて時は過ぎ、穏やかな日々を送っていたランドルフだったが、思わぬ人物が来訪により、事態は急展開を迎える。 「やぁ、君がランドルフ・セルヴィッジくんかい?」  身なりのよい、しかし一度も会ったことのない男が、親しげに自分の名を呼んだ。 「あなたは?」 「俺の名前はフレッド・ヒギンズ。君の従兄弟だ」  父と同じ家名を持つ人物の登場に、ランドルフはただただ呆然とした。 「ヒギンズさんが一体なんの用で、こんな田舎町に?」 「込み入った事情があってね。書簡を出すよりも直接出向いて話した方がいいだろうと思って、やって来た」  突然訪問して申し訳なかったと謝罪をするものの、全く悪びれた様子のないフレッド。  ランドルフは内心呆れながらも、彼の話を聞くことにした。 「ヒギンズ商会は知っているかな?」  それは国一番と名高い商会の名だった。 「君の父上はヒギンズ商会の会頭を務めているって、知っていたかい?」  ランドルフはゆるゆると首を振って否定した。 「父の性がヒギンズであることは知っていましたが、よくある家名ですから」 「叔父は自分の正体も教えていなかったのか」  どこか呆れ顔のフレッドに、ランドルフはキッパリと言った。 「親子とは言え、その関係は他人よりも遠いものです。以前一度だけ、都会に来るよう提案されたことはありましたが、俺は父の元に行くつもりはありません。あなたの訪問の目的がそれであるならば、どうかこのままお帰りください」 「俺の訪問理由は、君の予想どおりだ」 「でしたらもう、話すことはありません。どうぞお帰りを」 「しかし、俺もこのまま引き下がるわけにはいかないんだ。なにせヒギンズ商会の存続がかかった、重要な話だからね」
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