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ランドルフ3

「この国で一番の歴史があり、最も大きな商家と名高いヒギンズ商会には、代々ある習わしがあってね。それは、“総領は一族の中で一番強大な力を持つアルファであること”というものだ」  現在、後継者候補に上っているのは、フレッドを含めて八人。 「その中で一番力が強かったのは俺なんだが、残念ながら候補から外れてしまってね」  理由を問うても、フレッドは曖昧に微笑んで話を逸らすばかりで、なにひとつ聞き出せなかった。 「ほかの者では一族を纏める力がない。そこで注目されたのが君と言うわけだ」  現総領の実子であるランドルフが、候補者に名を連ねても不思議はないだろう。  しかしランドルフは、自分にそんな能力があるとは思えなかった。 「俺はごくごく一般的なアルファですよ。あのヒギンズ商会の頂点に立つほどの力があるとは、到底思えない」 「君は自分の実力見くびってるな。叔父もね、ただ血が繋がっているから候補に挙げたというわけではないんだよ」  聞けば父は、ランドルフがアルファと診断された直後から、彼を秘密裡に探らせていたらしい。  誰かに見張られていたとは全く気付かず、ランドルフは内心舌打ちした。 「報告書の内容はとても素晴らしかった。君は求心力や統率力がずば抜けて優れている」 「この町には俺のほかにアルファがいないから、そう思えたのでしょう」  ランドルフの住む町には、彼以外のアルファは存在しない。  そればかりかオメガすらいない、ベータによって作られた町なのだ。  平々凡々なベータの中に、唯一存在するアルファ。  だから目立ったのだと、ランドルフは考えていた。  しかしフレッドの考えは違ったようだ。 「俺には君が特別なアルファであることがハッキリとわかる。君は頂点に相応しい男だ。ただし少しばかり、優しすぎる性格のようだがね」  それはランドルフ自身もよく理解していることだった。  人からはよくあるごとに「ランドルフはアルファとは思えないほど優しい」と評されている。  曰く、アルファ特有の“覇気”が感じられないらしいのだ。 「それに関しては、こののどかな田舎町で生まれ育ったということも関係しているんだろうね。でもそんなのは今からでも充分身にけられるさ」 「俺は父の元へ行く気はないんです」  後継者候補にするなどと言われても正直、今さらとしか思えないのだ。 「商売についての勉強なんて一度もしたことがないし、第一この町を離れるつもりもありませんから」 「どうしても、一緒には来る気はないと」 「当然です」  ふぅむ……と唸り、しばし考え込んだフレッドだったが、パッと顔を上げると 「それでも俺は、なにがなんでも君を連れて行かなければならない。だから全力で説得に当たらせてもらうから、覚悟してね」  と言って、ニヤリと笑った。  その言葉どおり、フレッドはランドルフの元を日参して、手を変え品を変え説得に当たった。  最初はうんざりし、ぞんざいな対応をしていたランドルフだったが、フレッドの巧みな話術にだんだんと心動かされるようになっていった。  彼の話はどれも魅力に溢れ、ランドルフの好奇心をいたく刺激した。  実際にこの目で見てみたいという気持ちさえ湧き上がったが、ランドルフはこの土地を……育ててくれた養父母を捨てる気にはなれなかったのだ。  思い悩むようになった彼の背中を押したのは、意外にも養父母であった。彼らは優れた能力を持つランドルフを片田舎の町に留めておいてよいものかと、常々考えていたのだ。  渋るランドルフを彼らは励まし、説得し続けた。その甲斐もあって、ついに彼はフレッドの申し出を受けることにしたのだった。 「自分には向いていないと思ったら、すぐに町へ帰りますからね」 「大丈夫、君ならきっとやれるさ」  そう言って先に街へと戻ったフレッドから後日、ランドルフに宛てて汽車の切符が届いた。  片道分の切符と僅かばかりの希望を胸に、ランドルフはここまでやってきたのだったが。  父の冷淡な態度に、彼は激しい憤りと失望を覚えたのだった。 「田舎者と誹るくらいなら、俺など候補から外せばいい」 「そうはいかない。候補者の中で一番上位のアルファが、商会を継ぐ決まりになっているからな」 「アルファとしての能力が高ければいいのか」 「もちろん、そのとおりだ。ヒギンズ商会はこれまで、優秀なアルファに牽引されてここまで大きくなったのだからな」 「優秀なアルファならほかにもいるだろう。なにも俺でなくても!」  その言葉に、父がフレッドをチラリと見遣る。  フレッドはその端正な顔を、ほんの少しだけ辛そうに歪めた。 「それがいないから、お前を呼んだのだ。ともかくお前にはこれから、商会の仕事を覚えてもらう。期間は一年。使い物にならないと判断した場合は、候補から外してやろう」  話は終わったとばかりに席を立ち、扉に向かった父の背中に、ランドルフは思わず言葉を掛けた。 「もしも俺が優秀なアルファじゃなかったら……ここに呼んだりはしなかったのですか?」  それはフレッドからこの話を聞かされてから、ずっと頭の中にあったことだ。  自分が呼ばれたのは、単に優秀なアルファと言うだけなんだろうか。  本当は一目だけでも俺に会いたいと思ってくれたのでは……?  そんな小さな考えが、胸の中にわずかに浮かんだのもまた事実。  しかし。 「当然だ。ただのアルファなら、お前を呼ぼうなどとはせん」  そう言うと今度こそ、部屋を出て行ったのだった。

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