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急転1
「ギデオン。今のあんたは僕のパトロンじゃない」
ノアが低い声で唸る。
「そしてパトロンを失ったお前はこの一年、ほかのアルファに股を開いていたのだったな」
嘲笑するギデオンに、ノアがヒュッと息を飲む。
ギデオンのいうことは全て事実だった。大金を落としてくれるパトロンとの契約が切れたノアを、ゴードンは解放してくれはしなかったのだ。
借金を返すために体を売れと迫られたノアは、その言葉に渋々従い続けるしかなかった。
――それをランドルフにだけは、知られたくなかったのに……。
ノアの目から涙が一筋零れ落ちる。
その雫を指で拭ったランドルフは彼の肩をしっかりと抱き、ギデオンに告げた。
「ノアは俺の番だ。あんたの出る幕じゃない」
刹那、ランドルフの全身から怒り混じりの激しいオーラが吹き上がり、ゴードンの口から「ひっ!」と悲鳴が上がった。
ノアもまた、凄まじい力を発するランドルフに圧倒されていた。
――これが、僕の番……。
全身全霊をもって自分を守ろうとするランドルフの姿に、ノアは歓喜した。
これならギデオンも怯んで去ってくれるはず……そう思ったのだが。
ギデオンは挑発的な笑みを浮かべると
「なかなかやるようだが、俺の敵ではない」
そう言ってゆっくりと近付いてきた。
一歩足を進めるたびに、ギデオンの発するオーラが濃度を増していく。
団長室は一瞬のうちに緊張感に包まれた。
ギデオンの冷たい笑みをみた瞬間、ノアの背中がゾクリと震える。
例えるならば、恐怖。
ランドルフよりも数倍強いギデオンのオーラに当てられたノアは、震えが止まらなかった。
ランドルフもまた、今までに感じたことのないような強大な威圧を前に、驚きを隠せない。
背中を冷や汗が流れる。
目の前のアルファには叶わない――本能がそう察知したが、それでもノアを守る手は緩めなかった。
彼を自分の背後に隠すように、ギデオンの前に立ちはだかる。
「ノアはあんたの玩具じゃない!」
「オメガがアルファの玩具なのは常識だろう。とくにソレ」
ギデオンがランドルフの背後にいるノアを、スッと指さした。
「ノア・ヴィーナスと言えば、男をいくらでもくわえ込む好き者と知られていることを、お前は知らないのか?」
「違うっ!!」
ノアは大声で否定した。
好きでもないアルファに足を開かなければ、酷い仕置きが待っている。
皮膚が破れ、骨が軋むほど鞭打たれ、次の客を受け入れると言うまで食事はおろか水の一滴も与えてもらえない。
中には衰弱して死んでしまう者や、劣悪な環境の娼館に売られる者もいて、生き延びたいオメガたちは泣く泣く客を取り続けていたのだ。
特に看板役者であるノアとの同衾を希望する者は多く、彼は毎晩のように男たちに抱かれ続けるしかなかったのだった。
「客を取らなきゃ殺されるから、仕方なく従っただけだ。でなければ、あんたの相手なんか、誰がするもんか!」
その言葉を聞いたギデオンが、怒りを顕わにした。
身から噴き出る威圧のオーラに憤怒が混じり、ノアを攻撃するように渦巻いていく。
全身を圧迫するかのような不穏なオーラに、ノアは心臓を鷲掴みにされた気がした。
「随分と言うようになったじゃないか。これはまた、いちからしつけ治さねばならんようだな」
「しつけだと?」
ランドルフが問うと、ギデオンはやれやれと言った様子で
「先ほどノアの独占契約を結んだのだよ」
「なっ!?」
驚いたのはノアの方だ。
一年前、自分に飽きたと言って一方的に去って行ったのはギデオンの方だった。
それから顔を合わせることすらなかったのに、それが今ごろになってなぜ……?
「契約は既に交わされた。お前に拒否権はない。もちろん、貴様にも……な」
ギデオンがランドルフを睨め付ける。
彼もまたギデオンから視線を逸らさず、両者は睨み合いを続けた。
「ノアは俺の運命の番だ」
「それがなんだと言うのだ。俺は金を払ってノアを買ったのだ。契約書が交わされている以上、占有権はこちらにある」
「わ、わかったら、とっとと出て行ってくれっ!!」
ゴードンが震え声で怒鳴ったが、ランドルフはそれを無視した。
「契約書など関係ない! ノアは渡さない!!」
「これだから若い者は困る。情熱さえあれば、なんでも自分の思いどおりにできる思っているのだからな」
ランドルフの前に進み出たギデオンは、突然拳を突き上げた。
「……っ!!」
そのあまりの早さに反応が遅れたランドルフのみぞおちに、ギデオンの拳がめり込む。
激しい衝撃に息が詰まり、その場に倒れ込んだランドルフ。
「ランドルフッ!!」
ノアの悲痛な叫び声を上げる。
激しい吐き気と激痛を堪えて立ち上がろうとしたランドルフの肩を、ギデオンの足が押さえつけた。
「調子に乗るなよ、若造が。運命だかなんだか知らないが、金を支払った以上、このオメガは俺のものだ」
言い捨てると同時に、ギデオンはランドルフの脇腹を激しく蹴り上げた。
衝撃の凄まじさに体が浮き上がり、近くにあったテーブルに強かに打ち付けられる。
度重なる痛みに襲われ、ランドルフの意識が次第に遠退いていく。
「いやっ、ランドルフッ!!」
ノアの悲痛な叫び声を聞きながら、ランドルフの意識は完全に闇に沈んだのだった。
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