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急転2
気が付くと真っ白な天井と、部屋の片隅に大きなトランクが見えた。
数年前から使っている、愛用の鞄。
ランドルフはようやく、自分が寝ているのがヒギンズ家の一室であることに気付いた。
起き上がろうとしたが、痛みのために体が上手く動かない。腹部がズキズキと痛んで吐き気がする。
――あいつにやられたときの……。
圧倒的な強さを見せた壮年のアルファ。
肉付きがよく逞しい肢体に、狼を思わせるような尖った耳と大きな尾。周囲の全てを従わせるかのような、王者の風格を持ったギデオンと対峙したランドルフは、たしかに恐怖を感じた。
それでもノアだけは守りたかった。
たとえ自分の命が尽きようとも、彼だけは守り抜こうと思ったのに――。
周囲から甘い香りは感じられない。
ギデオンに囚われているということか。
ランドルフは己の不甲斐なさに、はらわたが煮えくりかえる思いがした。
――今すぐノアを連れ戻しに行かなくては。
そのとき、部屋の扉を叩く音がして、フレッドが入ってきた
「ランドルフ!」
まだ足下がふらついているランドルフに駆け寄ったフレッドは、彼を強引にベッドに座らせた。
「まだ寝ていろ」
「だめだ、こうしている暇はない!」
「そんな体で行ってどうする! ノアを助け出す前に、殺されるのがオチだぞ!」
自分の体が思うように動かないのは、よくわかっている。
しかし今すぐにでもノアの元へ駆けつけたいと、焦燥感に苛まれるのだ。
「昼ごろ、フェザーストン家の人間が、意識のない君を連れてきた」
それはギデオンの家名であった。
「フェザーストンと、なにがあったんだ。包み隠さず、全部教えてくれ」
そこでランドルフは、昨夜劇場を出たあとのことを詳細に話した。
聞き終えたフレッドは、険しい表情をしたまま、しばし押し黙った。
「まさか、またギデオン・フェザーストンに邪魔をされるとはな」
「また?」
「俺が後継者候補を外された理由は、やつにあるんだ」
以前はヒギンズ商会の後継者と目されていたフレッドは、新規事業を成功させるという課題を与えられた。
それは東方にある国の茶園と取り引きをし、ヒギンズ商会で販売できるようにするというもの。
最上級の茶葉はその国でしか流通しておらず、他国には一切卸されることがない“幻の茶”として、好事家の間では有名だった。
フレッドはその国に足を運び、実に二年もの月日を費やして、ようやく販売の許可を得たのだが。
「それをギデオンに横取りされたというわけだ」
フレッドの片腕を多額の金で買収し、契約書類を盗み出させた挙げ句、その茶園と新たに契約を結び直したのだ。
「気付いたときには全て終わっていて、茶はフェザーストン商会から販売された。そして俺は、部下の管理もできない男と烙印を押されて、後継者レースから脱落したというわけさ」
「そんな」
「叔父は失敗を許さない。本来なら一族からも放逐されるはずだったが、ある条件を成功させれば追放しないと言われてね。それが、君を連れて来ることだったんだ」
フレッドが迎えに来た理由はこれだったのか、とランドルフはようやく腑に落ちた。
「それで、君はこれからどうするつもりだ」
「ノアを取り戻す」
「やめたまえ……と言いたいところだが、どうせ聞きはしないだろうね。仕方ない。俺も手助けしてやろう」
「そんな迷惑はかけられない! これは俺ひとりでやるから」
「俺はギデオンに恨みがあるんだ。あのときの屈辱を今こそ晴らさないと、腹の虫が治まらない」
「……わかった。よろしく頼む」
ふたりが硬い握手を交わし、ノア奪還計画を練ろうとしたそのとき。
ノックもなしに扉が開いたかと思うと、意外な人物が入室してきた。
「叔父上!」
父はフレッドには目をくれず、ランドルフをジロリと睨みつけた。
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