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豊穣の舞
「ただいま~……って……え? 黒鵜様?」
僕の元に戻ってきた緑風の言葉が段々と尻すぼみになっていく。目を見開いて黒鵜様を見ている緑風。こんなに驚くのも仕方ない。
僕だって、黒鵜様がここに来られるとは思っていなかったし、まさか僕の隣に座るだなんて誰が予想できるんだろう。
「緑風、久しいな」
「あ、え? あ、はい。お久しぶりです」
「朱華に飲み物を買ってきてやったのだろう?」
黒鵜様がちらりと緑風が持っている小瓶を見ている。ビー玉の入った小瓶と薄い黄色掛かった小瓶は、社の近くの縁日から買ってきたラムネと檸檬水だ。
「あ、そうです。はい、朱華。黒鵜様もどうぞ」
僕に檸檬水を渡した緑風が黒鵜様にラムネを渡している。
「いや、これはお前が自分にと買ってきたのだろう? これは受け取ることは出来ん」
「で、でも……」
つき返されたラムネの小瓶を持って緑風が眉を寄せて困っている。
「あ、あの。天豪様、僕のでよければ飲んで下さい。あ、それとも、僕買ってきますか?」
「いや、買ってこなくていい。朱華、それはお前の飲み物だろ?」
「そうです、けど……天豪様、こんなに暑いと日射病になってしまいますよ。あ、そうだ! 一緒に飲みますか?」
小瓶を差し出して言えば、天豪様の顔が少し赤くなった。
ん? なんでだろう? やっぱり暑いからだろうか?
「そ、そうさせてもらうか」
黒鵜様のおかしな態度に首を傾げて緑風を見ると、緑風はニマニマと笑っている。小瓶を受け取った黒鵜様が小瓶についている木の蓋を取ると、傾けて喉に流し込んだ。一口飲んで僕に小瓶を渡し、僕に飲めと促してくる。
「……」
緑風が顔を赤くしてそっぽを向いたことで僕は気づいた。
こ、これって、か、間接的な接吻になるんじゃ……
分かった瞬間僕の顔は真っ赤になってしまった。
赤を通りこして茹蛸だ。僕、なんて大胆な事を言ってしまったんだろう。
「朱華、温くなってしまう。早く飲め」
後悔しても後の祭り。
僕は黒鵜様に促されるままに小瓶に口をつけて飲むと小瓶を両手に持って膝に置いた。真っ赤になった顔を見られたくなくて僕はそのまま舞が始まるまで顔を俯けていた。
***
「始まった!」
はじけるような緑風の声が聞こえてきて僕は顔を上げた。台座の上では、白装束に紅袴を着た瑠璃様。
閉じた扇子を両手に持った瑠璃様が扇子を開いて神殿前を見渡した。
舞の始まりだ。
ぐるりぐるりと体を回し瑠璃様が舞いを踊り始める。扇子の柄の先についた鈴がしゃんしゃんと鳴り、囃子や太鼓が音を紡ぎだす。
瑠璃様がこちらに背を向けてしゃん!と大きく鈴を鳴らして振り向くと、その顔には狐面がついていた。そのとたん拍手が起こり、周りがほぅと感慨の溜息を吐く。
「……きれい」
僕の隣に座った緑風が、小さく息を吐くように言うのが聞こえて僕はちらっと緑風を見た。
涙が流れているのに気づいていないのか、ずっと瑠璃様の舞を見ている緑風。
緑風の瞳に映る瑠璃様の舞を見て、僕もなんて綺麗な舞なのだろうと胸に手を当てて溜息を吐いた。
***
瑠璃様の舞が終わり、僕達はまだその場から動けないでいた。感極まった緑風が瑠璃様の舞を見れて良かった、一生の思い出になると呟いて、その場にずっと留まっていた。
こんな暑い夏の日に、体調を崩してしまうと思ったけど、緑風の流す涙が綺麗で僕はその場から動く事が出来なかった。
緑風の背中を撫で、慰めている時だった。
「緑風、来てくれていたのか」
瑠璃様の声が聞こえてきて、僕は瑠璃様の声がした方向を見る。閑散とした社の神殿前の下手から瑠璃様がこちらに向かってきていた。
「朱華も黒鵜も来てくれたんだな。ありがとう」
まだ涙を流している緑風の横腹を肘でつんつんと突くと緑風が顔を上げて目を見開いている。
「あ……え? あ……るり、さま?」
「緑風、わたしの舞を見に来てくれたのか?」
「え? あ……え? あ、そうです。あ、朱華と一緒に……」
瑠璃様が目の前にいて緊張しているのか、緑風が吃って言葉を発している。
「緑風、ありがとう」
にこっと笑った瑠璃様の顔を見た瞬間、緑風の顔が一気に真っ赤になった。
「わたしは嬉しい。緑風に舞いを見てもらえるなんて」
顔を真っ赤にさせて俯いている緑風を見ている瑠璃様の瞳は、何と言うか、想い人を見ている目に見える。
これって、もしかして……
想い合っているもの同士、これは二人きりにさせた方がいいのだろう。僕は想い人と添い遂げることは出来ないけど、緑風には幸せになってほしい。
そっと離れた所で、トンと背中に何かがぶつかった。後ろを振り向いて見ると、そこにいたのは黒鵜様。
「朱華、あやつらを二人きりにさせてやらないか?」
黒鵜様の提案に僕は遮二無二頷いて黒鵜様と一緒にその場を離れた。
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