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祭りの終わり

 どん!と一つ大きな音をさせて夜空に大輪の花が咲く。  菊や牡丹、柳に大柳、それから蝶。赤や紫、白や青、黄色に緑に色んな色の花が夜の空に花開いていく。  僕は黒鵜様に連れられて社の少し離れた小高い広場から、黒鵜様の隣に座って夜を賑わす花火を見ていた。  ドン!と打ち上げられるたびに、僕のお腹に響いてくる振動。空に上がった花火がぱらぱらと音をさせて地上に落ちる。  打ち上げから打ち終わり全てを僕は一挙手一投足逃すことなくつぶさに頭の中の引き出しに入れる。  今のこの時を逃すこと無い様に、今のこの幸せをかみ締めるように。 「……綺麗だな」  黒鵜様が深く息を吐くように呟いた。僕は隣に座る黒鵜様を仰ぎ見る。黒鵜様は僕を見ていて、僕は黒鵜様と目が合ってどきんと胸が一つ鳴った。  辺りは暗く誰もおらず、ここにいるのは僕と黒鵜様の二人切り。  二人切りと言うのを途端に意識してしまって、僕は顔を俯けた。意識してしまっては、どうすることも出来なくて、頬が熱くなる。意識すまいと勤めて前を向いて花火を見ても、どうしても黒鵜様を意識してしまう。  顔を真っ赤にさせている事を気づかれぬように、僕は終止顔を俯けている事しかできなかった。 ***  どどん!と最後の花火が夜空を飾る。最後の特大の花火が上がり、祭りの終わりを告げる。僕が名残惜しむように座っている隣で黒鵜様が腰を上げた。 「朱華、帰ろうか」  手を差し出してくる黒鵜様の手に一瞬躊躇った後に僕は差し出された手を握り締め立ち上がる。くいくいと引っ張られるように僕と黒鵜様は歩き始めた。  小高い広場から降りている途中で何人もの人が僕達を追い越していく。  歩みの遅い僕にあわせるように黒鵜様も遅く進んでくれる。黒鵜様が僕の歩幅に合わせて歩いてくれるからか、僕も息を上げることはない。  町の皆に慕われる黒鵜様。この優しさがあるからこそ、黒鵜様は皆に慕われるのだ。  立ち止まった黒鵜様が振り返って僕を見た。 「その、今日の浴衣、似合っている」  黒鵜様の言葉に僕は顔を下に向けて着ている自分の牡丹のあしらわれた深紅の浴衣を見る。何かが頭に触れて顔を上げると黒鵜様が僕の髪を弄っていた。  手には先程買った和紙の袋を持っている。袋の中身を取り出した黒鵜様が僕の目の前に差し出してきた。  複雑な模様があしらわれ扇状になっている簪の先端に大きな朱色の椿が描かれている。 「その……お前に似合うと思って買ったのだ。着けてくれないだろうか」 「え……でもそれは……」 「受け取ってくれ。でないと何の役に立たないものになってしまう」  少し逡巡し、意を決して僕は黒鵜様から簪を受け取り、いそいそと一つに束ねた髪につけると黒鵜様を見た。目を細めて笑う黒鵜様は、満足そうに頷くと僕の頬に触れた。  僕は目を瞑り黒鵜様の手に頬を摺り寄せる。  恋人に贈るのだろうと思っていた簪を、黒鵜様が僕の為に買ってくださるなんて……。嬉しくて嬉しくて、僕は目を瞑って必死になって涙が零れないようにしていた。 「朱華。……その……話がある……」  不思議に思い僕が顔を上げて黒鵜様を見ると、黒鵜様は真剣な顔で僕を見ていた。 「……あの?」  僕を見ていた黒鵜様が口を開けたかと思ったら閉じてしまった。 「天豪様?」  また口を開け、何回か口を開閉すると、意を決したような顔で僕を見た。 「その、俺と――」 「しゅかーー!!!」  トンと背中に衝撃が走り、僕は後ろを振り返った。そこにいたのは、涙を流し、顔を真っ赤にさせている緑風がいた。  どうしたのだろうか。何かあったのだろうか。  僕は緑風が心配になって黒鵜様に背を向け、黒鵜様と繋いでいた手も離し、緑風を抱きしめた。  ふるふると小刻みに震えている肩に、ぽろぽろと涙を流す緑風。こんな様子で何もなかったなんて言う訳が無い。 「しゅか! しゅか!……ボク……ボク……」  ほろほろと流れてくる涙を手の甲で拭い緑風を見る。 「緑、どうしたの? 何かあったの?」  ぎゅっと目を瞑って涙を流す緑風の背中をとんとんとあやすように叩き、撫でる。 「……瑠璃、様が………………って……」  小さな緑風の言葉が聞き取れなくて僕はもう一度聞き返した。 「瑠璃、様が……結婚を前提に、ボクと付き合って、欲しいって……どうしよう、朱華。ボク……ボク……」  やはり二人は想い合っていた。いつの頃からか分からないが、瑠璃様が緑風を見る時のあの目は、どう見ても恋い慕っているようにしか見えなかった。  天真爛漫で可愛い緑風を好いているものは多い。  緑風に告白をしている者が何人もいるみたいだったけれど、緑風は自分の心に偽りたくないと頑なに断り続けていた。 「……ボク、うれしっ……まさか、好き、って……言われる、なんて……」  嬉しい嬉しいと何度も繰り返し、大きな目から雫を零す緑風。 「ゆめ、じゃ、ないよね? ……ゆめ、なのかな? ……ねぇ、朱華、ボクのほっぺ抓ってくれる?」  涙を零しながら緑風が目を開けて僕を見る。 「っ! ったい! い、痛かった! ……夢、じゃない!」  僕が緑風の頬を抓れば、緑風が手で抓られた頬を押さえて目を見開いている。 「緑、柊様にお返事はしたの?」 「あ!」  僕の言葉に緑風がびくんと体を揺らした。 「ボクお返事もせずに瑠璃様を広場に残してきちゃった!」 「緑、駄目だよ。きちんとお返事しないと」 「う、うん! 朱華、邪魔してごめんね! ボク瑠璃様のところに戻るね!」  涙を流しているのも忘れたのか、笑顔になった緑風がたたっと駆けていく。広場に戻っていく緑風の背を見て、そして僕は黒鵜様に向き直った。 「天豪様、申し訳ありません。あの、お話って?」 「いや、いい。又の機会にしよう。今日はもう遅い。朱華、帰ろうか」  黒鵜様が背中を向けて歩きだす。僕は黒鵜様の後ろについていきながら、先程までつながれていた手が解けていたのを寂しい気持ちで黒鵜様の手を見つめていた。  いつになく真剣な表情だった黒鵜様。  あれはいったいな何だったのだろうか。  考えても考えても分からなくて、思考の波に囚われていた僕がはっと気づいた時には黒鵜様もすでにいなくて、居間の茣蓙の上に座っていた。

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