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切なる願い

「よし、こんなもんかな」  僕は地面に降ろしていた背負子のカゴの中を確認した。竜胆(りんどう)に千振、桔梗に(くず)に柿の実に吾亦紅(われもこう)。カゴの中に入っているものは全て薬にすることの出来るものだ。  僕はもう他にはないかなと辺りに視線を巡らしてみたが、それらしいものはなかった。  あけびの木があれば葉や蔓を持って帰りたいと思っていたところだけど、ここの山よりあっちの方がみつけやすいか、と遠目に見えるだろう山を見る。  が、紅葉寸前の木々が邪魔して見えない。 「あけびは、今度にしてもう山を下りようかな」  僕はよいしょと言う掛け声と共に背負子を背負い山道を歩いた。 ***  家についた僕は庭にカゴを置いて天日干しにするものと陰干しにするものとを分け、陰干しにするものをカゴの中に戻す。  家のすぐ裏にある納屋にカゴを置いて戻ってくると僕は藁敷きを庭に設えてある棚の上に置き、天日干しするものを一つ一つ丁寧に並べていく。  全てを並べ終えると僕は空を見上げた。澄み切った秋の快晴。季節も夏から秋に変わってきたからか風も若干冷たくなってきている。 「二、三日晴れててくれるといいな」  夜のうちは納屋に収めてしまうけど、明日また晴れてたら天日干しが出来る。 「おっと、柿の実をどうにかしないと」  (ざる)を家の中から取ってきて、藁敷きの上においた柿を手に持っていらない葉を取り笊に入れた柿の実を持って僕は家の中に入った。  縁側に笊を置いてその横に座ると僕は枝の付いている柿に紐をつけていく、一個紐を付けたらもう一個とって紐を付ける。 「早く干し柿できないかな」  ふふふっと笑ってるところで父様が帰ってきたのか玄関で物音がした。作業を止めて父様の所に向かおうとしたらバタバタ足音がして父様が僕を探しながら呼んでいる。 「朱華! 朱華!」 「父様、僕縁側!」  父様が縁側に来ると荒い息を繰り返して見上げている僕を見ると言った。 「朱華、全ての日時が決まったぞ!」 「日時?」 「顔合わせと結納日と祝言の日だ」  とうとう決まってしまったのだ。  僕が黒鵜様の姿を見れるのも幾日か……。 「父様、それは、いつ?」  僕は作業を止めてしまった手に視線を戻し、干し柿を作る作業に移る。 「顔合わせは来週の火曜日だ。お相手の方がその日でないと任務を空けることは出来んと言われてな?」 「来週の……火曜日。……とてもお忙しい方なんだね」 「そりゃそうだ。隊長をされてる方だからな!」  隊長?  僕はその言葉にそっと顔を上げた。顔を上げた先にはニコニコと顔を緩ませている父様。  この国の隊はいくつもある。  白氷隊、紅蓮隊、雷電隊、霧生隊、水弧隊、土竜隊の六つの隊。  その中でも隊長と言う座は少なくはない。  少なくはないけど、一個の隊でも大隊隊長、中隊隊長、小隊隊長、特攻隊隊長、迎撃隊隊長といて、一つの部隊に五人の隊長がいる。  隊の総数を合わせると隊長と言うだけで三十人はいる。  その中でまだ結婚していないとなると、数は少なくなってくるが、僕は黒鵜様以外の隊長様と面識はない。  その中の一人の人が僕に十年も片思い?  面識もないのに十年も片思いなんて出来るだろうか。 「……」  いや、出来るんだ。  瑠璃様は一昨年まで緑風を知らなかった。  瑠璃様と緑風が面識が出来たのは僕の店に瑠璃様が薬を買いに来て下さったから。その時たまたま緑風がいたから……。  子供のときから瑠璃様を好きだと言っていた緑風。学校では唯見ているだけでいいと言って影から見ているだけだった。  僕は小さな頃から店番をしていたから黒鵜様とは面識はあったけど、緑風は面識が無いのに瑠璃様に恋をしていた。  影から見ては今日は瑠璃様が一番の成績だったとか、今日は瑠璃様が早食いをなされたとか、すごいなと思うところから、些細なことまで緑風は僕に報告してきた。  だから、面識がなくても相手を想う事はできるのだ。 「…………か………朱華!」  父様に肩を揺さ振られて僕ははっと気づいた。 「聞いていたのか?」 「……ごめん。考えごとしてた」 「んじゃ、もう一回言うぞ? 結納日は今から二ヶ月後の師走の吉日。祝言は今から半年後の大安吉日だ」 「卯月? 早く、ない? 半年って……」 「お相手はよくよくお前を好いているらしい。婚儀は早めが良いと言って譲らなくてね。通常だったら顔合わせから祝言までは一年かけるのだが、どうしてもとお相手の方が言うのでな。あまりの勢いに私も抗議をするのを忘れてしまっていたよ」  後、半年……。 「そうだ、朱華。お相手の方から秋桜園の券を四枚もらったんだ。良かったら友達と行ってきなさい。お前が嫁に行ってしまったら安々と友達と遊ぶことは出来なくなるだろうからと言って券をもらったんだ。緑風や瑠璃や黒鵜と行ってきたらどうだ? そうだ、父から皆に渡しておこうか?」    僕は首を横にふりふりと振り、父様から四枚の券を渡してもらう。父様はこれから忙しくなるぞ! と言ってまた出かけてしまった。  黒鵜様のお姿を見れるのも後半年。嫁に行ったらその姿も見れなくなる。祝言の日時まで決まっては、もうどうすることも出来ない。 「……黒鵜様」  後、半年。  貴方を見ていていいですか?  貴方のお側にいてもいいですか?  貴方の一挙一動をこの目と耳と胸に焼き付けて、僕はお嫁に行きます。  秋桜園の券を胸に抱きしめて、僕の瞳からぽろりと雫が零れた。

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