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秋桜園

「じゃ、父様行ってくるね」 「ああ、楽しんでおいで」  父様に秋桜園の券を貰って二日後、僕は秋桜園に行く為に家を出た。来週の火曜日にはお相手様との顔合わせが決まっているため、黒鵜様の姿を見れるのも、後半年だ。  それまでに、黒鵜様の全てをこの目に焼き付けておきたい。僕は溜息を吐いてぱんぱんと頬を叩き、家の前の道で待っている皆のところまで急いだ。 「しゅか~! こっちこっち!」  皆の姿が見えないな、ときょろきょろとしている僕に声が掛かった。声のしたほうを見ると、黒鵜様も瑠璃様も緑風もすでに着いて道端の木陰でおしゃべりをしていたみたいだ。  秋に入ったと言ってもまだまだ日差しは高く、むせ返る程の暑さではないが日光が降り注ぐところにいたら汗をかいてしまうくらいだ。 「今日は夜警だからあまり遅くまではいられない。早速行こう」  緑風と手を繋いだ瑠璃様が僕を見て言う。紅蓮隊の中隊隊長をしている黒鵜様と副隊長をしている瑠璃様。  昼の警備だけではなく、夜警もしているため、基本的に生活は不規則だ。  秋桜園の券があるからと誘ったら、今週は休みがないから夜警がある日の昼に行こうと言われて今日になった。  今週中がいいと言った僕の我侭も聞いてくれて、本当に申し訳ない。 「朱華、行くぞ」  俯いた僕に黒鵜様が声を掛けてくれた。 「申し訳、ありません。天豪様、柊様、夜警があるのに……」 「申し訳ないと思うのなら、楽しんでくれ。俺は朱華が楽しんでくれればそれでいい」 「睡眠はしっかりとったから大丈夫だよ? 朱華」 「しゅーか。気にしないの!」  ほらと言われて黒鵜様に手を差し出され手をとったら、強く握られ僕は歩いた。 ***  入場門のところで券をちぎって半券にしてもらい、茶巾に収めて黒鵜様と手を繋いで歩く。  整備された秋桜園には、そこかしこに秋桜が咲いている。  赤に白に薄桃色に黄色に薄い紫の秋桜。種類も様々で花の真ん中が白で花びらの先端が薄桃色の物もあったり、鮮やかな深紅の色をした秋桜もあったりで見ていて飽きない。  花に囲まれるように道が連なっていて、その道を僕と黒鵜様は手を繋いで歩いている。少し先では瑠璃様と緑風が手を繋いで歩いているのが見える。  瑠璃様と話をしている緑風は本当に幸せそうで、少し羨ましいと思う。  けど、僕は緑風に幸せになってほしい。いつも僕の傍にいてくれて、元気づけてくれて、気遣ってくれる緑風。  緑風の幸せそうな顔をみるだけで、僕の心もぽかぽかと暖かくなる。 「綺麗だな」  辺りを見回していた黒鵜様の声が聞こえてきて僕は黒鵜様を見るために顔を上げた。目を細めて笑っている黒鵜様。  なんて、優しい瞳で笑うのだろう。 「そうですね」  楽しそうにしている黒鵜様。この笑顔を見れただけでも、僕は幸せだ。今の幸せを噛み締めるように、僕は黒鵜様に握られた手に力を込めてぎゅっと握った。  今のこの幸せがずっと続いて欲しいと思うけど、それも後半年で終わりだ。  でも、後半年も黒鵜様を見ていられるだろうか。後半年と言わず今週までにした方がいいような気がする。  きっと、気持ちを切り替えないと来週の火曜の顔合わせを台無しにしてしまう。  それは本望ではない。  僕の幸せを一番に願ってくれる父様に申し訳ないし、十年もこんな僕に片思いをしてくださったお相手様にも申し訳ない。  十年も片思いをして下さった方なら、きっと大切にして下さると思うし、幸せになれないなんて事はないだろう。  だけど、なんでだろう?  心にぽっかりと穴が開いてるみたいで、ずっと冷えたまま。  シンシンと降る雪のように、吹きすさぶ冬の風のように、僕の心は冷えたまま。  でも……きっとそれもそのうちなくなるだろう。 「天豪様、行きましょう」  ちりちりと冷える心に気づかないフリをして、僕は黒鵜様の手を更にぎゅっと握って黒鵜様を引っ張ってあるいた。 ***  ぴたりと止まった黒鵜様につられて僕の足も止まった。黒鵜様の目線をたどってみると、そこに咲いているのは深紅だけど、少し薄い赤のようにも朱色にも見える秋桜があった。  その秋桜の茎をぷちんときった黒鵜様が花を手に持って愛しそうに見つめると僕に顔を向けた。 「この色は朱華の色だな」  僕の色?  こてんと首を傾げる僕に黒鵜様がくつくつと笑った。 「朱華の瞳と同じ色だ」  僕の瞳。  僕の瞳は黒鵜様と違って深紅でも赤でもない、薄い朱の瞳。色素の薄い僕は肌も髪も白く、目だけが異様に赤い。  この世界の人間は、魔力が瞳と髪に現れる。黒鵜様のように黒い髪は闇の魔力を、燃えるように赤い深紅の瞳は炎の魔力を宿している。  だけど、僕には魔力が全く無い。瞳が朱色に見えるのは、網膜の中の毛細血管が透けて見えているだけ。  その色鮮やかな朱色とは違う気がする。 「僕のはそんなんじゃ……色の無い証ですから……」 「何故だ? 俺は綺麗だと思うがな」  綺麗?  俯けていた顔を上げ再び黒鵜様を見る。 「この花と同じでお前の瞳は美しい」  秋桜を持った手を黒鵜様が伸ばしてきた。髪を少し弄ったと思ったら、手を戻してしまった。その手には何も持っていない。  はたと気づいて僕は手を髪に伸ばした。黒鵜様から頂いた簪にさっきの秋桜がついているみたいだ。  人生二度目の好きな人からの送り物。こんなに嬉しいことはない。 「ありがとう、ございます」  嬉しくて嬉しくて、涙が出るのをごまかすように僕は笑った。

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