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通じ合う想い

 秋桜園の中にある茶屋に入りお昼を食べた後、僕と黒鵜様はまた秋桜の咲いている道に戻ってきた。  秋桜園の中を歩いて周り、黒鵜様が色々なお話をしてくださる。隣国の大国に留学していたときの事、任務の事、それから黒鵜様の家族の事。  本当に色々。  僕は、黒鵜様の話を聞いているだけで嬉しくて、ただただ相槌を打つだけだ。特に家族の事を話している黒鵜様は本当に面白おかしく聞かせてくれた。  黒鵜様の家族は暖かな人が多い。黒鵜様の父君であらせられる一黒様は紅蓮隊の総隊長でフェイ国でも五大将軍と名高いお方だけど、色無しの僕にも分け隔てなく接してくれる。  その一黒様の奥方様の風華様はおっとりしているけど、芯の強い人で、小さい頃は僕が黒鵜様の家に遊びに行っても快く迎え入れてくれて、本当の母のように接してくれた。  黒鵜様の兄君である黒覇様は、一黒様と黒鵜様同様、紅蓮隊の大隊隊長を務めておられ、厳しい面もある人だけど、その本質は風華様と同じで心が広く、そして暖かい人だ。  弟君の黒陽様は忍学校に通っておられる。まだ会った事はないけどのんびりした性格が災いして将来が心配らしい。  そんな家族に囲まれて育ったため、黒鵜様もお優しい。 「でな……あ、俺ばかりしゃべってしまったな……」 「いえ、僕は天豪様のお話が面白いです。もっと聞きたいです」 「そうか」 「はい」  黒鵜様の声は心地良い。  落ち着きのある低い声。この声を聞いているだけで、僕の心は満たされていく。 ***  夕日も沈み始め、地平線の彼方に太陽が見える。 「もうこんな時間か……。楽しい時間はすぐに去ってしまうな」  小さく言った黒鵜様につられて僕も沈み行く太陽を見る。照らし出す光は、今は優しく暖かい色に変わっている。 「朱華」  名前を呼ばれて僕は黒鵜様を見上げた。見上げた先にある黒鵜様の顔は至極真剣な顔だ。  何かあるのだろうか。 「その……前に話があると言っただろ?」 「はい」 「その話をしたいのだが……」 「はい」  黒鵜様の話を待つけど、黒鵜様は何を思ったのか口を噤んでしまった。僕の顔を見ては口をぱくぱくと開閉させ、顔を俯け、を何度も繰り返す。 「天豪様?」 「その……」  また口を噤んだ。ほぉと小さく息を吐き、黒鵜様が顔を上げた。 「俺と伴侶になって、人生を共に歩んで欲しい」 え……? 今 「何と?」 「だから、俺と夫夫(めおと)になって欲しい」  僕は目を見開いて黒鵜様を見ていた。その目は真剣そのもので、冗談を言っているように見えない。 「めお、と」 「朱華、俺はお前が好きだ。ずっと、昔から、好きだ」  僕の瞳から涙が溢れるのが分かった。ずっと叶わないと思っていた恋。  黒鵜様は僕を好きだと言ってくれた。  ずっと、僕を好きだったと言ってくれた。  夫夫になってほしいと言ってくれた。  だけど…… 「ごめん、なさい……」  僕は来年の春にはお嫁に行く。夫夫になるのは黒鵜様ではない、誰か。想いが通じ合っても、そのつながりが結ばれることはない。 「……ごめん、な、さい……こくう、さま……」  僕は黒鵜様の手を振り払って逃げ出した。走って走って、こけそうになりながら、それでもなかなか言う事を聞いてくれない足を叱咤して僕は走った。  後ろから聞こえてくる黒鵜様の僕の名前を何度も呼ぶ声に振り返りそうになるけど、それでも僕は後ろを振り向くことなく走った。  だって、今振り返ってしまえば、僕は黒鵜様の腕の中に入りたくなる。  貴方を好きだと言ってしまいたくなる。  僕をお嫁にしてくださいと言いたくなってしまう。  だけど、それをしてしまったら、父様の幸せは? 「……ひっ……うぅ……ととさま……とと、さま……ひぅ……」  何度もこけそうになりながら僕は全速力で走った。 *** 「……っふ……ぅぅぅ……うぅ……」  息も切れそうになった時、僕は盛大にこけた。立ち上がることも出来なくて、足の裏も膝も腿もどこも痛くて。  もう、これ以上走れそうにない。 「朱華? ……朱華! どうした!?」  父様の声が聞こえて僕は顔を上げた。いつのまに家についていたのか……。  助け起こされた玄関前で顔を蒼白にさせている父様の膝に縋りついた。  涙が溢れて止まらない。泣いてる顔を見せたくなくて何度も拭うのに止まらない。 「ぅぅ……ととさま……ととさまっ……」 「何があった? 朱華」 「……ととさま……」  縁談を断って欲しいと言えたら、どんなに良いだろう。  でも祝言の日まで決まってしまった。  この縁談を断れば、お相手様を酷く傷つけてしまう。それに父様の顔だって潰すことになる。  黒鵜様、なんで今頃そんな事を言うの?  決心して答えを出して、やっと黒鵜様を諦められるって。お嫁に行けば、全て忘れるって。そう、思ったのに。 「ぅぅ……うああああああ」  違う。僕が答えを出したからだ。  答えを出してしまったから、こんなことになったんだ。  黒鵜様を恨むのは筋違いだ。  指を銜えて見ていただけの僕。  好きだと言う勇気が無くて、”色無しだから黒鵜様に見てもらえるはずも無い”と思っていたのは僕だ。  全て、僕が招いた事。 「うあぁぁぁぁぁぁ」  黒鵜様  ごめんなさい。  逃げ出してごめんなさい。 「うああああああ」  弱い僕でごめんなさい。  だけど、それでも 「うぁぁぁぁぁぁ」  お慕い申しております。黒鵜様。

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