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黒鵜
初めて見たとき、この世の奇跡だと思った。
陶磁のような白い肌、絹糸のように皇かな白い髪。
線が細く、折れてしまいそうな華奢な体。
全てが儚く見えるのに、その朱色の瞳だけは、凛として力強い。
この世のどこにも無い奇跡だと。
***
俺は、走り去っていく小さな背中を呆然と見つめていた。父上に頼みこみ、翡翠殿に今回の縁談を進めてもらった。
祝言の前に求婚をしようと思って、今日ここで告白した。朱華はごめんなさいと言って泣きながら走りさった。
これが、答えか……
初めて見た時、一目惚れをした。
水に塗れながらも、凛とした強い朱色の瞳に引き付けられた。白い肌にはりついた白い髪が綺麗で見惚れたのを今でも覚えている。
俺はそれまで唯の傍観者だった。色無しがいると言われても”ふーんそんなのいるんだ”って思ってただけ。
色無しと言うだけで朱華を虐める学生は多かった。上級生や同級生、下級生に虐められながらも朱華は強い眼差しで相手を射抜いていた。
たまたま通りがかって見た時、この儚い生き物を守らなければと思った。でも、朱華は心の強い人で虐めにあってもへこたれるような事はなかった。
年を経て分かったのは、朱華を虐めていたのは好きな相手を構いたいと言う幼い淡い恋心。
助けてから仲良くなって、笑った顔が可愛くて、怒った顔も、泣きそうな顔も、すべてが可愛くて。
いろんな顔を見て、どんどん朱華を好きになった。
年を取るにつれて朱華は益々美しくなっていった。歩いている姿を見た者は、そこにいる全ての者が朱華に見惚れていた。
朱華をどうにか手に入れようと手を出してくる大人も多かった。
そんな汚い大人に朱華をやるもんかと、俺は朱華を守る為だけに忍学校を好成績を収めて卒業し、卒業してからは、まだ力が足りないと、まだまだ俺は弱いと自分を叱咤して修行した。
気づけば中隊隊長に納まっていた自分に驚いたけど、それで良かった。
朱華を守れるなら、朱華の生き行く未来が明るい物になるのなら、すべては、朱華の為。
朱華が成人を迎えると瞬く間に縁談の話が舞い込んでいた。
翡翠殿は色無しだと虐められていた朱華の幸せの為だけに動き、舞い込む縁談にどれもうんと頷くことはなかった。
俺がそれにほっとしていたのも事実。その時俺はまだ自分を強いと思えなくて、朱華に並ぶにはふさわしくないと思ってた。
だけど成人を超え更に朱華の美しさに磨きがかかると、町の者が皆朱華を邪な目で見ている事が多かった。
それを見るのが嫌で、朱華を自分の物にしたくて、父上に頼み込んで翡翠殿に縁談を持ち込んでもらった。
驚いたのは翡翠殿が一も二もなく、快く引き受けてくれた事。
俺はそれが認められているみたいで嬉しかった。朱華の隣に立っていいのは俺だけなんだと、言われている気がした。
朱華を見つめる劣情を、朱華に対する恋情を遠ざけたくて、家に閉じ込めて、俺だけを見るように。俺に惚れるように。そう願って縁談を進めてもらっていた。
なのに……
「朱華……」
やはりお前は、緑風が好きなのか?
小さな頃からいつでも一緒にいた緑風と朱華。
緑風を見つめる眼差しは優しく、愛しそうに見つめていた。豊穣祭の時には、泣いている緑風をあやし元気づけ、慰めていた。
俺よりも長い幼馴染だ。
緑風は可愛いし、天真爛漫で人気がある。そんな緑風に朱華が惹かれるのも仕方ない。
俺のような無骨な人間ではなく、明るくて可愛い緑風。
「黒鵜、とりあえず拭け」
差し出された手ぬぐいの意味が分からず俺は首を傾げる。
「大の男がみっともない。泣くな」
瑠璃に言われて初めて気づいた。
俺は、泣いていたのか……。
「あれ? 黒鵜様、朱華は?」
緑風の声に秋桜園の入り口を見る。何かを察したのか緑風が俺に詰め寄った。
「黒鵜様、朱華に何かしたんですか!?」
「俺は、何も……」
涙を拭いた手ぬぐいを瑠璃に返し、朱華が出て行った入り口を見る。でも、どこにも朱華の姿は見えなくて……
「俺は、振られたのか……」
「振られた?」
「朱華は、その……緑風が好きなのだろう?」
きょとんと首を傾げた緑風がぷっと吹き出すと行き成り笑いだした。
「あはははははっ 黒鵜様、それ、何の、冗談?」
腹を押さえながら笑い涙目で俺を見上げてくる。
「冗談ではない。朱華は、緑風が好きなのだろう? でなかったら、縁談を求めているのに、逃げる訳が」
「朱華が好きなのは、ボクではないですよ? 見ていたら分かると思うんだけどな~……」
笑いを止めた緑風が俺に顔を向けるとはぁと溜息を吐いた。
「ここまで鈍感だと、朱華も可愛そうです。ね? 瑠璃様」
「君も存外鈍感だと思うけどね?」
もう! と言ってぷくっと頬を膨らませた緑風がぽかぽかと瑠璃を叩いている。
「黒鵜様、進めている縁談取りやめないでくださいね?」
「だが……」
「絶対悪いようにはなりませんから!」
「しかし…」
「もう! それでも隊長なの!? しかしもかかしもないの! 取りやめないったら取りやめないの! 分かった!?」
「わ……分かった」
鬼気迫る緑風の言い方にこくこくと何度も頷き、俺は顔を秋桜園の入り口に向ける。
泣きながら走り去っていった朱華。
国一番の美姫と言われる朱華に、俺が釣り合わないのは分かっている。
俺はそれでもお前が欲しい。
緑風を好きではないと言うのなら、朱華、お前の心は誰にある?
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