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夢にまで見た
淡い藤色の小紋を着て僕は家の縁側に座っていた。今日のお昼には、お相手の方と顔合わせがある。
町一番の料亭雅の百合の間で顔合わせをする事になっている。
僕はまだ自分の気持ちをどうすることもできなくて、抜け殻みたいになっていた。
「……」
何をする気力もわかなくて、朝餉の支度も父様にさせてしまった。父様の幸せを考えるのなら、このまま結婚したほうがいいに決まってる。
でも、黒鵜様のあの悲痛な叫びが頭から離れない。朱華、朱華と何度も僕の名前を呼んだ黒鵜様の寂しそうな、悲しそうな声。
「……ずずっ……」
「朱華……」
父様の声に振り返ると、父様が眉をハノ字にして、僕の隣に座った。僕の目から零れ落ちてくる僕の涙を一つ一つ指で拭ってくれる。
「朱華、私はお前が幸せになってくれると信じて今回の縁談を進めてきた」
「……」
「お前達二人が幸せになってくれるのが、私の幸せだ。あの子は自分に自信がなくて、ずっとずっと修行をしてきた。お前の側にいる為に、お前を守れるように」
あの子?
僕達二人……?
「この十年、私はお前達をずっと見てきた。惹かれあっているのに、寄り添う様子も見せず。お互いを大切にしているのに、何もしない様子を、ずっと……」
十年、見てきた?
「どう言う、こと?」
僕の頭に手を置いた父様が緩く微笑む。
「私はね、知っていたんだよ。朱華が誰を好いているのか」
「…………え」
「だから、今回の縁談は強引に進めた。顔合わせの前にこんなことを言ってしまうのはどうかと思うが……お前の伴侶になる人は、朱華、お前が好いている人だよ」
え?
僕が好いている人って……
なんで父様が? ずっと隠してきたのに……
でも父様の話が本当だとしたら、僕のお相手様って、もしかして
「こく、う、さま?」
僕の言葉に父様がしっかりと頷いて僕の顔を見る。その表情は、本当に真剣でうそではないのだろう。
「ととさま、それ、ほんとう?」
「嘘をついてどうする」
僕は手で顔を覆って喜びに打ち震えていた。
叶うと思っていなかった恋。見ているだけでいいと今までずっと想ってきた。
それが、叶うなんて……
「……っ………ひっ……」
「朱華、幸せにおなり」
「…っ……うん……うんっ!……ととさまっ……ぼく、ぼく……」
そこから先の言葉は紡ぎ出せなかった。
***
どこまでも続く青い空、風に流れる白い雲、少し冷たく感じる風も今の僕からしたら暖かい祝福をくれる春のように感じる。
「朱華、早く」
父様の声に僕は空を見上げていた顔を真正面に向ける。料亭雅の敷居を跨いで玄関に入った父様が僕を促す。
暗く、地獄のように感じていたこの敷居。それが今は背に羽が生えたように感じる程、足が軽い。
「……」
これは、夢? 僕は、まだ寝ているんだろうか?
もし、これが夢ならまだ覚めないで欲しい。僕の願いが叶うならば、一生夢から覚めないでも構わない。
「早くきなさい。皆様、待ってらっしゃる」
父様が僕のところに戻ってきて僕の手を握ってくれる。
父様の暖かい手。
もしかして、これは夢ではないのだろうか?
本当に百合の間に黒鵜様がいらっしゃるのだろうか?
「まだ信じられない、という感じだな」
くすくすと笑う父様の顔を見る。
「朱華、これ以上待たせてはいけないよ? さ、百合の間に行こう」
玄関に入ったところで、雅の給仕さんが僕と父様を案内してくれる。長い廊下を歩いて何度も角を曲がって給仕さんが百合の間の前について襖を開けてくれた。
「……っ……」
そこに居たのは黒鵜様とその家族。上座に座った天豪一黒様と奥方様の風華様。
「……ひっ……うぅ……ひっく……ふぅ……」
夢じゃなかった。
本当に、本当に……僕の想いが叶うんだっ!
「さ、朱華、座りなさい」
父様に背を押され促されるままに僕は黒鵜様の向かいの席に座った。
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