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祝言
とんとん拍子に縁談が進み、結納も終わらせ、明日はいよいよ僕が黒鵜様の元に嫁ぐ日だ。
父様が準備してくれた嫁入り道具も黒鵜様の家に納め終わり、居間には明日の婚礼の為の花嫁衣裳が衣紋掛けに掛けてある。
僕は、その婚礼衣装を見て溜息を吐いた。この衣装を着て、黒鵜様の元に嫁げるなんて思ってもいなかった。
「……はぁ」
何度見ても溜息が出る。
父様が用意してくれた白無垢はこれでもかと言う位、豪華絢爛だ。振袖の袂に施してある目出度いとされている金糸の鶴の刺繍。裏地とふきの朱色は格調高く荘厳に見えるが、表地の白と朱色が相まって優美に見える。
「朱華」
僕の隣に座った父様が、ずずっと鼻を啜った。
「父様」
僕は父様に向かい合わせになるように正座し、三つ指を追って頭を下げた。
「色無しである僕を育てて下さって有難うございました。今まで育ててくれたご恩、決して忘れません。学校に行って泣いて帰ってくる僕を慰め、石を投げられた時はその身を挺して庇ってくれた。人がどう生きるかと言う事も全て説いてくれたのは、父様です。父様、僕は、黒鵜様の元で胸を張って生きていきます。僕は、まだ自信がないけど、それでも、大好きな二人に、自慢の僕だと胸を張って生きていってもらいたい。父様、本当に、あり……う、ござ………した…」
最後までちゃんと言おうと思っていたのに出来なかった。
これまで僕を育ててくれた父様。
頭の中に父様との思い出が過ぎっていく。
夜に寝間の布団に寝転がったまま話をした事。
薬師見習いになって初めて薬作りを許可されたときの事。
苛められて帰ってきたら、いっぱい大好きだと言って抱きしめてくれた事。
力が無くても人間は生きていけるのだと、父様自身が魔力を封じ、僕と同じように生活してくれた事。
二人で薬草を取りに行った山。縁側に座って父様と食べた干し柿。泥酔した父様に説教をされた事だってあった。
自信の無い僕に、何度も自慢の息子だと言って励ましてくれた。
「父様、僕は、父様の子供、神楽崎朱華で良かった」
「朱華、この目出度き日に泣くなんて……」
僕の腕を取った父様が僕の体を起こして覗き込んできた。
「朱華、泣くのではなく、笑ってくれ。私は、お前の笑顔が一等好きだ。笑って、幸せになっておくれ」
僕の流れている涙を父様が何度も拭ってくれる。僕の頬に指を置いた父様が、頬を何度も擦る。
「あまり泣いていると黒鵜がまた不安がるぞ?」
黒鵜様を不安にさせるは嫌だ。
これから僕は、黒鵜様の元で生きていく。
着物の袖でぐいっと涙を拭い、決意を新たにした僕の目をみた父様が僕を見て微笑んでくれた。
***
天豪家の大広間の前に緑風と通され襖を開けられる。
上座に座った黒鵜様が黒の紋付袴を着て座布団に座っているのが見える。左手には黒鵜様の家族、一黒様に風華様、黒鵜様の兄である黒覇様、その隣には弟である黒陽様。
その向かい側には、座布団が二つしかない。
父様と緑風が座る、座布団二つ。父様がそこで笑って僕を出迎えてくれた。
僕と父様は二人だけの家族だ。親戚もいないから他に身内はいない。
ほんとに、僕と二人だけ。今日は特別に兄弟みたいに一緒に育った緑風も父様とそこに座る。
「朱華」
緑風に呼ばれて顔を上げた。緑風が僕の手に手を添えて介添えしてくれる。
黒鵜様の隣の座布団に座ると、緑風も父様の隣の座布団に座った。
***
式が厳かに始まった。
一黒様の挨拶から始まり、町の人達が送ってくれた祝辞。父様の挨拶に、療養の為ここに参加できなかった黒鵜様の祖父様一茶様に祝詞 まで頂いた。
僕は、なんて果報者なのだろう。
町の人達にこんなに暖かい言葉をもらえるとは思っていなかったし、小さい頃に会った一茶様は、すごく厳しい人だった。色無しの僕を家に上げるのは構わないとおっしゃってくれたが、僕を見てあまりいい顔をすることはなかった。
なのに、その一茶様が僕に祝詞 をくれるなんて……
嬉しさがこみ上げて、僕の頬を濡らしていく。
「……っふ……うぅ……」
僕の横に座った黒鵜様が僕と手を繋いで握ってくれ、そして耳元でひそりとおっしゃってくれた。
「朱華、今日だけは泣いていい。その涙は嬉し涙だろう? なら、我慢せず、泣いてくれ。そして泣き終わったらまた笑顔を見せてくれるか?」
「……っ……はい……ひっ……ぅぅ……」
僕は本当に、何て果報者なのだろう。
***
祝言も終わり、僕と黒鵜様は町の人達に挨拶をするべく、玄関の扉を開けた。扉を開けた瞬間わっと歓声が上がり、玄関先は人で埋め尽くされていた。玄関から門までその向こうも全て、どこを見ても人ばかりだ。
「朱華ちゃん! おめでとう!」
「黒鵜ー! 幸せにしろよ! 俺達の女神を!」
「朱華! 黒鵜に浮気されたら言えよ! 俺達がとっちめてやるからな!」
「黒鵜様ー! 好きでした!」
そこにいたのは、皆、黒鵜様の部下、紅蓮隊の中隊隊員だ。それに町の人達もいる。
皆が掛けてくれる言葉に心が温かくなる。
一人だけ、ん? と思う事を言ってた人もいたけど、僕は気にしないようにした。だって黒鵜様は、この町一番の美男だ。
歩いているだけで振り向かれる程の美男を僕が射止めたのだ。これほど誇りに思っていい事はないだろう。
「朱華、行こう」
黒鵜様に顔向けて頷くと、人が割れていき、玄関前に一本の道が出来た。僕と黒鵜様は、これからお世話になるだろうご近所さんに挨拶に行く。
黒鵜様に手を取られ、いつもの様に手を繋いで歩いた。
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