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震える体
黒鵜と一緒に住む部屋だと通されたところの開け放たれた障子の外に枝垂桜がよく見える。庭を囲うようにして作られているのか、この庭はどこの部屋からでも見ることが出来ると奥方様が言っていた。
玉砂利の敷かれた広い庭には大小様々の木々、そして一本だけある枝垂桜。その枝垂桜が月の光に照らされ、舞うように落ちる花びら。
はらりはらりと落ちていく花びらを見て、僕は感慨の溜息を吐いた。
黒鵜様と結婚することが決まっても、それでも僕は信じられないでいた。本当に? 本当に? と何度も心の中で思ってきた。
だけど、本当に結婚するんだ。
「……」
いや、したんだ。
祝言が終わって近所の人達に挨拶に回って黒鵜様の家に帰ってきたら、大広間にはすでに宴会の準備がしてあって、黒鵜様の親戚一同が、今か今かと僕達を待ってくれていた。
優しい皆の笑顔に僕はやっと実感することが出来た。
本当に黒鵜様と結婚するんだ、と。
『わっはっはっは』
どっと聞こえてきた皆の笑い声に、僕は入ってきた襖に顔を向けた。大広間ではまだ宴会が続いている。目出度い、目出度いと何度も小突かれ、頭をぐしゃぐしゃにされ、黒鵜様はお飲みになっているのだろう。
明日も任務があると言っていたから、あまり無理はしないで欲しいけど。
「はぁ……本当に、綺麗だ」
僕は顔を庭に戻し、幻想的な庭にまたしても溜息を吐いた。
***
すーっと襖の開く音で僕は振り返った。振り返った先には漆黒の髪の毛が塗れている黒鵜様。
「遅くなってすまなかったな。皆が離してくれなくて……母上の言葉でやっとここに来れた」
ほっと溜息を吐いた黒鵜様が僕の座っている縁側に来て、僕の隣に座った。
「奥方様は何と?」
「花嫁をいつまで一人にさせている! もうそろそろ花婿を放してやれ! と叔父上や伯母上に怒鳴っていた」
くすくすと笑う僕の頭を黒鵜様が撫でた。その手はしっとりと濡れていて、お風呂から上がったばかりなのか、ほんのりと石鹸のいい匂いがする。
「はぁ……やっと二人切りになれたな」
二人きり、と聞いて僕の顔は真っ赤になった。これから、その、あの、初夜、だ。
そ、そうゆう事をする、んだよね。ど、どうしよう。
「……っ」
どっくどっくと僕の心臓が鳴る。うまく出来るだろうか。黒鵜様と上手く契る事ができるだろうか。
「朱華、顔が真っ赤だぞ?」
「ひゃっ」
黒鵜様に顔を覗き込まれて、思わず声を上げてしまった。茹蛸みたいだぞ? 熱でもあるのか? と聞かれ、僕はぶんぶんと首を横に振る。
「これから、その、あの……」
どんどん顔を真っ赤にする僕を見て黒鵜様がはっとした顔をして、それから真っ赤になった。
「意識しないでいたのに……」
手で顔を覆った黒鵜様が何か言っていたけど、僕の耳には入ってこない。顔を覆っている手をどけて、黒鵜様が頬を染めたまま、僕に呟いた。
「朱華、愛してる」
***
体を布団に横たえた僕を見下ろす黒鵜様。その瞳に宿るのは、情欲を孕む雄の熱。
僕はかたかたと体を震わせて、見つめられるままだ。
どうしよう。怖い。
黒鵜様を迎えるのは別に怖いことではないけど、貧相な僕の体を見た黒鵜様に嫌われるのが怖い。
「朱華」
目を開けていることが出来なくて思わずつぶってしまったら、黒鵜様に名前を呼ばれた。はぁっと聞こえてきた溜息にびくっとしてそっと目を開ける。
失望させてしまっただろうか。
嫌いになってしまっただろうか。
黒鵜様の伸びてくる手に、僕は気づいた。骨ばったその手は密かに震えていた。
「くそっ」
伸ばしてきた手を引っ込め、その手を擦りながら黒鵜様が小さく溜息を吐く。
「朱華の前では余裕のある男でいたいのに……緊張して、手が震える」
手を擦って僕を見た黒鵜様が格好悪いだろ? と自嘲気味に笑った。
緊張してるって黒鵜様が言った。
僕も緊張して、体が震えてる。
僕と、同じなんだ。
その事が嬉しくて僕は震えている黒鵜様の手を取って、目を瞑って頬を摺り寄せた。
「格好悪いなんて思いません。僕も緊張してます。でも、でも、僕は貴方を迎えたい」
ひゅっと息を飲む音が聞こえてきて、僕は瞑っていた目を開けた。
「愛しております。黒鵜様」
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