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永久に

『かかさまーかかさまー』  とたとたと廊下から聞こえてきた小さな足音に僕はくすりと笑った。後少しで襖から顔を出してくるだろう息子を想像して思わず笑ってしまった。  幼い声に気づいていませんよ、とした風に見せる為に僕は手にもったすり棒ですり鉢の中に入れた薬を混ぜ合わせる。 「かかさま、いた~」  へにゃっと笑ってとことこと僕の元までくるとすとんと座って僕を見上げてくる。 「どうしたの? 灰禰(はいね)」 「あのね、あのね~、はいね、おっきくなったら、かかさまをおよめさんにするの~」 「この前父様をお嫁さんにすると言ってなかった?」 「えーっとえーっと、ととさまは、にばんめのおよめさんにする!」  胸を張ってそう言う灰禰は、四歳になった。後二年もすれば忍学校に通うことになるだろう。  黒鵜様との間になかなか出来なかった僕の子供は、九年たってやっと僕の中に宿ってくれた。  妊娠中もつわりがひどくて、起き上がることもできなくて布団の中で過ごしていた。体の弱い僕を支えてくれた家族にいくら感謝してもしきれない。  待ちに待った僕と黒鵜様の子供。  白い色の髪の毛に所々混じる漆黒の髪、黒鵜様を思わせる深紅の瞳。灰色に見える髪から灰禰と名付けた。  見たものに何でも感動する大きな瞳、意思をきちんと伝える事のできる可愛い口。  どこをどうとっても、本当に黒鵜様に似ている。  目に入れても痛くない程、可愛い僕の息子。 「灰禰、お嫁さんは一人しか娶る事は出来ないんだよ?」 「え……」  口を小さな手で覆って笑っている灰禰にそっと声を掛けると、驚いて大きな瞳を更に大きくさせている。 「それに、お前の大好きな瑠葵(るき)はどうするの?」 「るきはおむこさんだから、だいじょうぶっ!」  柊瑠葵(ひいらぎるき)、瑠璃様と緑風の間に生まれた同じ年の子が大好きな灰禰。 「嫁も婿も伴侶になれるのは一人だけだ。灰禰」  不機嫌に声を荒げた黒鵜様が僕のいる工房に姿を現した。腕を組んで仁王立ちで立ち、口を尖らせているのは、何とも可愛い。 「灰禰が朱華を嫁にするのならば、瑠葵は父様が貰う」 「だめー! るきははいねのなのー!」 「何故だ? 灰禰は朱華をお嫁さんにするんだろ? なら瑠葵は父様が貰う」 「だめー! だめー! るきははいねの!」 「灰禰、知っているか? 二兎を追うもの一兎得ず、だ。このフェイ国では重婚は許されていない。一人につき一人の伴侶だ。灰禰は、朱華も瑠葵も俺も皆欲しいと言う。それは駄目だ。法律に反する。だから、朱華をお前にやるから、瑠葵は父様が貰う」 「だめっ! だめっ! るきはだめっ! うぇ……」  あ、これはやばい。  ぽんと音をさせて灰禰の顔の前に炎が灯る。 「うぇ~~~~~」  泣き出してしまった灰禰を止める事ができるのは僕ではなく、黒鵜様にしか出来ない。僕を背に庇った黒鵜様が声も出さずに魔力を込めて灰禰を沈静化するのはいつもの事だ。  瑠葵をお婿さんにすると言ったり、僕や黒鵜様、それから母上や父上や僕の父様にもお嫁さんにすると言って憚らない灰禰。  仲良くなった者や、親しい人を皆伴侶にすると言っている灰禰は意味が分かっているのだろうか。  ごう、っと音がして、黒鵜様に庇われたまま、灰禰のいるところを見ると、顔を悔しそうにゆがめている。  二歳にして早くに魔力を開花させ、子供の間では町一番の力を持っていると言われている灰禰に敵う同年代の子はいない。  瑠葵も強いと言われているけど、緑風が集中力がないからまだまだと言っていた。  僕は魔力も力も無いから分からないけど、将来は黒鵜様を越える程の忍になるだろうといわれている灰禰。  力を宿した事が分かった瞬間にぽきりと黒鵜様によって折られた灰禰の矜持。  ぎゅっと握り締めている小さな拳も、ぷるぷると震えて真っ赤に染まった顔も、口を歪め黒鵜様を睨んでいる様子は、本当に悔しいのが手に取るように分かる。 「灰禰、父様は何と言った? 朱華に手を出すな、と言ったな?」 「て、だして、ないもん」 「いや、出した。ここで力を使うなと父様は前に言ったはずだ。制御もまだ出来ぬのに、お前は力をここで使おうとした。何より、朱華は俺の伴侶だ! 俺の伴侶を勝手にお前の嫁にするな!」  え?  怒るところはそこなんだろうか。 「……」  魔力の制御が出来ないのに、それを使おうとした事に怒ることは僕も賛成できるけど、黒鵜様から出てきた言葉に僕はぽかんとなった。 「朱華は父様のだ!」  いやいや、黒鵜様、怒るところはそこではないし、何より自分の息子の可愛い言葉にそんな事で怒るのはおかしいし、大人気ない。 「ととさまさっき、るきをもらうっていってた! かかさま、ととさまうわきー!」 「灰禰が変な事を言うからだ! 浮気じゃない! それに父様は瑠葵なんて可愛いとも何とも思わん! 朱華が一番だ!」 「るき、かわいいもん! るきがいちばんだもん!」  朱華だ! 瑠葵だ! と言う二人の言い合いに僕ははぁと溜息を吐いて額に手をやった。 「どうしたらいいんだ……」  額に手を当てたまま、すり鉢の前に改めて座りなおす。 『はーいーねー、あーそーぼー!』  聞こえてきた可愛らしい声に僕は天から授かりものでも来たかのように手を叩いて喜んだ。 「灰禰、瑠葵が呼んでるよ」  まだにらみ合いをしていた灰禰にそう声を掛けると途端に顔を綻ばせて笑う灰禰。 「るきー! まっててー! いまいくー!」  大きな声を出してとことこと駆けていく背を見た後に僕は黒鵜様にじとっとした目で睨み付けた。 「黒鵜様、大人げないですよ。灰禰はまだ四歳です。お嫁さんにするって言うのだって意味が分かっているのか……」 「こう言うことはきちんと言っておかねばならん。俺の朱華を嫁にするなど、百年早い」 「愛して下さっているのは分かりますけど、もう少し大人になってください、黒鵜様。それに、僕は貴方だけのものです。そして、貴方も僕だけのものです。分かりました?」 「……っ、分かっ、た」  顔を真っ赤にさせているのだろう。背中を向けているけど、耳が真っ赤になっている。  くすくすと笑って立ち上がり黒鵜様の前に回る。顔を見上げると思ったように顔を真っ赤にさせていた。 「愛しています。黒鵜様」  背伸びをしてちゅっと黒鵜様の唇に口を合わせる。 「朱華、朱華。俺だけの伴侶」  抱きしめられて顔中に口付けの雨が降ってくる。  目を合わせて指を絡めあい、触れる唇。  何度してもしたりない。求めたら更に求めたくなる。  僕の、僕だけの唯一の伴侶。 ***  すやすやと聞こえてくる可愛い寝息。  昼に遊びつかれた灰禰は、夕餉を平らげたらすぐに寝てしまった。小さな手を取って、むにむにと揉んでいた黒鵜様が僕が近くにきたのが分かったのか顔を上げた。 「灰禰は朱華の子供の頃にそっくりだな」 「そうですか? 僕は黒鵜様に似ていると思いますよ。きりっとした眉は黒鵜様に似ていますし、深紅の瞳も黒鵜様と一緒です」 「いやいや、この灰色に見える髪の毛に混じっている白い毛は絹糸のようだし、白い肌も、白い睫も朱華に似ている。それに目を開けた時の大きな目。あれこそまさに小さな頃の朱華だ」  眉尻を下げて、優しい笑顔の黒鵜様。秋桜園で見た、あの微笑み。  慈しむような瞳を見て少し妬けそうになる。 「でも俺は朱華が一番だ」  僕の気持ちを察したように僕の顔を見て愛を告げてくる黒鵜様に、僕も同じ気持ちだと込めて告げる。 「僕も黒鵜様が一番ですよ」  隣りあわせで座って、手を繋いで指を絡める。    僕は胸を張って生きていく。  育ったこの国で、貴方の隣で、貴方と共に、永久に。 *** あとがき これにて色無しの朱華完結でございます。 ここまで見てくださり、本当にありがとうございました。 次話は番外編となっております。 朱華と黒鵜は出てきませんが、よろしければ見てください。 22日の19時に更新予定です。 それでは、次の小説でお会いできるのを願って。

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