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第2話

頭の痛みはどんどん激しくなり、余りの激痛に吐き気が込み上げてくる。 「ごほっ」 口の中の不快感にそれを吐き出してみると、草の上に赤い液体が広がった。 もしかして吐血したのかと一瞬だけ驚いたが、次に吐き出した物に白い塊が混ざっていることで諦めが強くなる。 きっと最初に飲まさせられたのは内臓からじわじわ溶かして行く毒で、俺はこのままなぶり殺されるのだろうと直感的に感じた。 「んげっ!」 俺が頭の痛みに苦しんでいると、触手がついに後ろの孔に侵入してきた。 どんどん奥へ奥へ進む触手に内臓が押されている痛みでまた血を吐いてしまう。 血と一緒に地面に落ちた白い塊は良く見るまでもなく俺の歯で、舌で咥内を確認すると触れた歯が抜け落ちた。 「いひゃ!いひゃい!!」 歯が全部抜け落ちる頃を見計らって、触手が胎内で暴れだした。 腹を突き破られるのではないかという恐怖と痛みに再び涙がこぼれる。 「へ…?」 涙を拭う様に寄ってきた触手に涙を拭かれ、痛む米神まで撫でられ俺は何が起こったのか分からなかった。 腹の中をまさぐっている触手が出ていこうと戻っていくと、悪寒が背中を駆け抜ける。 「ひっ!!」 出口付近で、腹に入っていた触手がまた何かの液体を放出する。 それと同時に首筋にもチクリと痛みを感じた。 急激に意識が遠退いて行くのを感じながら、瞼が落ちる瞬間に見たのは一際太い触手が尻の孔に押し当てられるところだった。 痛みを覚悟した所で、俺の意識はホワイトアウトした。 + 「少々やりすぎじゃないか?」 「でも、側近が欲しいって言ってませんでした?」 「いや…言ったけどもさぁ」 話し声に意識が浮上するのを感じる。 しかし、俺は眠くて眠くて仕方がない。 「私は自分だけの子供を産んでくれるメスが欲しかったんです!貴方と違ってね」 「いや…俺だって好きでこの立場やってる訳じゃないからね?」 「そんないとおしそうに腹を撫でながら言われても説得力ないですから…」 一体何の話をしているのだろうと疑問に思いつつ、俺の意識は再び沈んでいった。 次に気が付いた時には、俺はベットの上に居た。 「ここ…あれ?歯が…」 思わず声に出てしまって、俺はハッと気が付く。 痛みに気を失う直前に、歯が全て抜け落ちたはずなのに舌先にきちんと固いものが当たっている。 指で触ってみるとちゃんと歯があるのだ。 「俺の歯…こんなに尖ってたっけ?」 指先に当たるのは先端が尖った犬歯の様な歯で、俺に八重歯なんて無かったはずなのにと思った。 辺りを見回すとかなり殺風景な部屋で、俺が寝かされていたベットと本棚があるだけだ。 ガチャッ 「あ、やっと起きたね」 「!!」 突然扉が開く音にそちらを見る。 入ってきた人物に俺は驚いてしまった。 俺と同い年か少し年上ぐらいの男が水の入ったピッチャーを持って部屋に入ってきたのだが、頭には角が生えている。 どんどん近付いてくる人物の頭に俺は釘付けだ。 「あ、これ?」 俺の視線に気が付いたその人はにっこり笑いながら額から生えた角を指さした。 気の良さそうな笑顔に俺はつい頷く。 「ちょっと座るね?よいしょっと…」 その人はベットの端にゆっくりと座ると少しベットが揺れた。 異様な物に気を取られて居たせいで気が付かなかったが、目の前の人物の腹はぽっこりと不自然に膨れている。 まるで何か入っている様だ。 「やっぱりお腹が大きいと疲れるね」 大きく息を吐いて腹を摩る目の前の人に俺は目を奪われた。 耳や爪も良く見ると尖っているし、口元から覗く歯もギザギザとしているのが分かる。 これは夢なのかと頬をつねろうと手をあげて、俺は益々驚いた。 仕事でボロボロだったはずの手が綺麗になっていたからだ。 「突然の事でびっくりしたでしょ?」 「え…はい」 「よく見てて?」 今思っていることを言い当てられて俺は思わず返事をしてしまった。 目の前の人はニコニコとしながら自分の手の甲に尖った爪を立てる。 「ちょっと!!」 力を入れたのか爪を横に引くと当然だが血が滲んだ。 俺は焦ってその手を止めた。 「あれ?」 傷を確認するが、さっき確かに血が滲んでいたのに今は綺麗さっぱり痕がなくなっている。 俺はそれが不思議で手をマジマジと観察してしまう。 「凄いでしょ?」 声をかけられて、俺は慌てて手を離した。 今見た光景は何だったのか狐に摘ままれた気分だ。 「俺もここに来たときは色々驚いたもんだよ」 「ここに来たって?」 「え?何も聞いてないの?」 「聞くって何をですか?」 目の前の人が困ったように額を押さえるので、俺は疑問符で頭が一杯になった。 まず、ここは何処だろう。 部屋の雰囲気からして病院ではなさそうだし、それに俺は確かマンホールに落ちて謎のにょろにょろした物体に襲われたはずだ。 目が覚めてみたら、気は良さそうだが頭に変な角を生やした人が自分の手を引っ掻いたと思ったらそんな痕すら残っていなかったりと、意味が分からない事だらけだ。 「本当にこっちの住人はフリーダムだなぁ」 目の前の人は呆れた様に腹を撫でた。 さっきから気になって居たのだが、膨れた腹には何が入っているのだろう。 明らかに目の前の人物は男性だし、妊娠とは考えられないし、腹を撫でるのが癖なのかもしれない。 「そう言えば、君名前は?」 「名前?」 「そう!呼びにくいからね」 そう言えば見た目は変だが、この人が俺を助けてくれたのかもしれないとわくわくした顔をしている人の為に名前を名乗ることにした。 「俺は、江田湖です…みずうみって書いていずみです」 「湖くんかぁ!俺は柊!木遍に冬でひいらぎ…よろしくね」 「はぁ…」 握手を求められ、反射的に手を出してしまった。 柊さんは俺が出した手をがっしりつかんで、上下に揺する。 「さぁ…百聞は一見にしかずだね。よいしょっと!」 「ま、待ってください!」 柊さんは腹を押さえながら立ち上がって扉の方へ歩いていく。 俺もベットから起き上がって後に着いていくが、床がツルツルしていてひんやりしている。 「何…これ」 「驚くよねぇ。俺も最初は夢だと思ったよ」 廊下に出ると、窓から見える光景に俺は絶句した。 空は真っ暗で、そこらじゅうで稲光が光っている。 しかも地面はゴロゴロと岩が転がっていて、気を失う前の事を思い出して自分の腕をぎゅっと強く握った。 「信じられないかもしれないけど、ここは魔界だよ」 「ま…かい?魔界!?」 「そう!それで、湖くんが気にしてるこのお腹は子供だよ」 柊さんは楽しげに話はじめたが、俺の頭は言葉を理解できずキャパオーバーで目眩がしてきた。 余りにも非現実的な事が起きすぎている。 「それで俺はこの国の王様なんだよね。まぁ、王様って言っても色んな種族の子供を孕むための名ばかりの存在なんだけどね」 柊さんは苦笑いを浮かべつつまた腹を撫でる。 本当に腹以外は服の上から見ても立派な男の人だ。 もしかしてドッキリか何かなんじゃないかと見回してみるが、長い廊下が続いているだけだった。 「ここは魔王の城ってところだね。君の旦那様から家ができるまで面倒を見てくれるように頼まれてるんだ」 「はぁ?旦那?そんなもんできた覚えはない!!」 「あはは。普段はそんな話し方なんだ」 思わず叫んだ俺に、柊さんはまったく驚きもせずに笑っている。 旦那ってなんだよ。 俺は男だし、元々独身だ。 しかも俺が妻って何の冗談か分からない。 ふと、これって目の前の柊さんの悪ふざけか夢じゃないかと思った。 角も耳も全部作り物で特殊メイクか何かもしれない。 「ん?ちょっ…痛い痛い!!」 「え…生えてる」 俺は無言で柊さんに近付き額の角と耳をむんずと掴んで引っ張った。 角も耳もきちんと感覚があり、耳は柔らかいし、角は固い。 「湖くんどうしたの急に…痛いじゃないか。傷はすぐに治るけど、痛いのには変わりないんだよ!!」 「あ、スミマセン…ん?傷が治る?」 柊さんは額を撫でながらブーブーと文句を言っている。 聞き捨てならない事に、俺はあんぐりと口をあける。 「そう。魔界に来てから、子供が産めるように身体を少し弄られたんだよね。君も我が儘な旦那に早々に中身変えられてるはずだよ」 柊さんの言葉に驚いた俺は、すぐに着せられていた服の裾をめくり自分の身体を確認する。 自分の腹を撫でてみるが、特に変わった事はない。 「窓を見てみれば分かるよ」 「まど?」 柊さんに言われた通り窓硝子にうつる自分を確認すると、柊さんとは形が違うが耳の上から角が生えていた。 見間違いかと思って角度を変えてみるが、気のせいではない。 「にょろにょろした奴に何か飲まさせられなかった?」 「あれ…夢じゃ…」 「俺もここに来てすぐにあれ飲まさせられたよ。はじめに関節が痛み出して、次に腹痛と頭痛…次に歯が抜けた痛みで気を失うんだよね」 俺が体験したままの事を言われた事で、俺は底知れぬ恐怖でカタカタと身体が震える。 「何で男の俺なんだろうって思った事もあったけど、俺の前に何人か孕腹として女の子を連れてきたけれど…子供を産むときに壊れちゃうんだって」 何でも無いように話す柊さんの言葉に、俺はゾッとした。 俺の身体も作り替えられたと言っていた事を思い出して、今すぐにここから逃げ出そうと俺は後退りする。 「男は頑丈だからね」 諦めた様に笑う柊さんの言葉に、俺は走り出した。 長い長い廊下に、息が上がってくる。 どんなに疲れて居ても、筋肉が落ちない様にトレーニングを欠かさないのに直ぐに息はあがって焦っているせいか足がもつれる。 後ろから俺を止める声が聞こえるが、そんなの気にしてられない。 柊さんには悪いが、同じ目には合いたくなかった。

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