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第4話

「でも、湖くんが何も無くてよかったよ!」 柊さんはゆっくりと城に引き返して行くので、俺もそれに続く。 少し歩きにくそうにしているので、背中を支えてやると嬉しそうにしてくれる。 「俺が戻って来たってよく分かりましたね?」 「ん?城の周りには結界が張ってあるからね」 「結界ですか?」 益々話がファンタジーじみているなと感じはじめた頃、柊さんの呼吸が少し苦しそうに感じて中庭にベンチを見付ける。 身体を支えてやりながらそこへ誘導してやると、柊さんはそこへ座って腹を撫でていた。 昨日見たときよりも更に大きくなっている腹に俺は驚いたが、柊さんは嬉しそうに腹を撫でていた。 「ふふふ…この腹の中には今ドラゴンの卵があるんだ」 「は?」 「ドラゴン知らない?」 柊さんは、大きく息を吐いて身体を少し後ろに倒す。 予想だにしていなかった腹の子の父親に俺は目が点になって、そんな俺を柊さんは不思議そうに見ていた。 「最近、長になったばかりの若いドラゴンでね?こんな俺にプロポーズしてきたんだよ」 「へ、へぇ」 楽しそうに話す柊さんに、俺は生返事をするので精一杯だった。 魔界にドラゴンとは本当にここは俺が居た世界とは別世界なんだと実感してしまったからだ。 でも、不思議なことに頭ではきちんと先程別れたあの触手は俺の旦那で、大切な存在なんだという思いだけはしっかりあった。 「今日の夜は部屋から出ない方がいいよ」 「はぁ。それはどういう事ですか?」 「夜に今話してたドラゴンが来るんだ。湖くんの事まだ言ってないから、威嚇されちゃうと思うんだよね」 威嚇って犬みたいだなと思ったが、冷静に考えると映画とかで見るドラゴンは火を吹くものではなかっただろうか。 そう考えたら柊さんの言うことを聞いておこうと頷いておいた。 「補佐官の仕事はそこまで難しくないからすぐに覚えられるよ」 「は、はい」 柊さんが笑顔で話を続けてきたが、そんな話を聞いただろうかと一瞬疑問が浮かんだ。 そう言えば旦那に城に居れば安全だから魔王の補佐官をするように指示を受けた気がするのだが触手ってどうやって話すんだっけと違う疑問も浮かんだ。 「大丈夫?」 「え?あ、はい」 「何か悩み事?」 考え込んでしまった俺に、柊さんは優しく肩に手を置いてくれた。 自分の世界に入っていた事が恥ずかしくて顔をあげると、柊さんはまたにっこりと微笑んでいる。 それは正に母親の顔で、俺は感心してしまった。 「まぁ、魔界なんて急に連れてこられても驚くよね」 「柊さんはどうやってこっちに来たんですか?」 「え…俺?」 「元々人間だったんですよね?」 柊さんの雰囲気に安心した俺は、この際だから色々と聞いてみようと思ったのだ。 うじうじ悩むのも性に合わない。 俺の態度に驚いた柊さんは一瞬たじろいだが、居住まいを正してこほんと咳払いをした。 「本当に知りたい?」 「もちろん!俺だって、突然こんなところに説明もなく連れて来られてはいそうですかとはいきません!」 俺が語気を強めた事で、柊さんは諦めたのか再び手を後ろについて楽な体勢になる。 腹を撫でるのは既に癖なのか、腹を擦りながらポツリポツリと話始めてくれた。 「俺がこっちに来たのは2年前かな。大学の友達と海水浴に行ってて、海の中で急に足を何かに引かれて溺れて、目が覚めた時には勇者って呼ばれてた」 「勇者?」 「どこのゲームだよって感じだろ?」 柊さんは、あははっと笑いながら目線を足元にやった。 ブラブラと足を揺らす仕草が少し子供っぽい。 今の話から推測すると、もしかしたら柊さんは俺より年下なのかもしれない。 そう考えると、少しの幼さも納得できる。 「後から聞いたんだけど、こっちの世界ってさ、俺達の居た世界と時間軸が違うんだって」 「ん?」 柊さんの言葉に実はそんなに頭の良くない俺は意味が分からなくて首を傾げてしまう。 時間軸が違うって何だ…さっぱり意味が分からない。 「俺達の居た世界…あっちの世界での1時間がこっちの世界では1日経過しちゃうんだ」 「え…柊さん…ここに来て2年って…」 「ざっとこっちの時間で計算すると1000年位こっちに居る事になるかな?」 何気なく言われた言葉が信じられなくて目をパチパチさせた。 どうみても柊さんがそんな歳には見えなかったからだ。 「何かね、俺も詳しい事は分からないんだけど…魔族になると身体があっちの世界の時間軸に戻るから身体の老化がこっちの世界では緩やかになるんだって」 たぶん柊さんは分かりやすく説明してくれているのだろうが申し訳ないが、全く意味が分からなくて俺は頭を抱えてしまった。 「ゴメンね…俺も聞いただけだけで、まだまだこっちの事は勉強中なんだ」 柊さんは申し訳なさそうに俯いたのが横目で見えたが、俺はそれどころではなかった。 魔族になると老化速度があっちの世界と同じになるってどういう事だ。 その理屈で言うと人間の体ではこちらの世界に居ると倍の速度で歳をとる事になるのではなかろうか。 「一応こっちの世界にも“人間”は居るんだよ?」 「え…」 「だだ、俺達と歳のとりかたは全然違うし、当然こっちの時間軸で歳をとっていくんだ」 柊さんはふぅと大きく息をつくと再び腹を撫でる。 「俺がこっちに来て、勇者って呼ばれてたって言ったよね?」 「はい」 「“勇者”っ異世界から呼ぶのか決まりなんだって。選出基準って至ってシンプルで、適当な場所にこっちに来る穴をあけて、付近の人間を引きずり込む。それで選ばれたのが俺」 柊さんは、はははっと乾いた笑いをこぼしていたが随分と選出方法が適当だし不運としか言えない。 「一応異世界から来た人間って、魔族程じゃ無いにしろ丈夫だし長生きなんだって」 俺の予想していた内容と少し違う事に少し驚いたが、柊さんは昔を思い出すようにまた足をブラブラとさせていた。 「しかも勇者って、ゲームみたいに敵を倒すんじゃなくて…こっちだと生け贄的な意味が強いんだよね」 「まさか…」 「うん。俺も村の奴等に生け贄にされたよ」 何でも無いことの様に言い放った柊さんの顔は相変わらず笑顔で、その笑顔にどこか薄ら寒さを感じてしまった。 「こっちに来てから5年位して、村に魔物が出たんだ。それまで低級魔をちょこちょこ退治してたから、当然俺が最初に討伐に駆り出されて魔物が居るっていう洞窟に向かった」 「・・・・」 「それまでは本当に俺の中ではゲーム感覚で、お遊びみたいな感覚だったかな。別の街や村に物を届けたり、ちょっと強い魔物を倒したりしてさ」 その時の事を思い出したのか、明るかった表情がどんどん険しくなってくる。 俺は軽率に話を聞いてしまったことを段々後悔しはじめていた。 「洞窟の中は弱い魔物ばかりだったんだけど…何せやたら数が多くて、どんどん体力が削られていってさ。途中で出直そうと思って入口まで戻ったんだけど…」 「・・・・」 「外に居た村人達は付近の魔物も洞窟の中に誘き寄せて入口を岩で閉じたんだよ」 俺は口の中がカラカラになって、やっとの事で唾を飲み込んだ。 自分でも分かるほど喉がごくんと鳴った。 「それからは力の限り抵抗して、魔物を倒した。でも、次から次に沸いてくる奴等に勝てる筈もなくて死を覚悟した」 「・・・・」 「でも、俺は死ななかった。魔物が俺の身体の自由を奪って、あっという間に防具を全て剥ぎ取られた」 柊さんはその時を思い出して、二の腕をぎゅっと握っていた。 爪が二の腕に突き刺さりそうで、それにも俺はハラハラする。 「これも後から聞いた話だけど、討伐に行く前に村人から出された食事には魔物を引き寄せる薬を混ぜていたらしい。その薬の影響なのか、魔物達は俺の事を苗床として認めた」 「苗床…」 「はじめはスライムとか、虫系の奴等がかわるがわる俺をメスだと思って種付けしてくる。すぐに腹が膨れて、俺が産んだ卵から孵った奴等がまた俺を犯してくる」 「柊さ…」 俺は話を止めようと、そっと手を伸ばすがヒートアップした柊さんは止まらなかった。 「スライムや他の低級な奴等は、本当はメスが居なくても卵も産めるし増えることはできるけど、苗床を見つけると自分達の卵をもっと増やすことができるらしい」 「柊さん…もういいですから…」 「でね?永遠にこいつらの繁殖に付き合わさせられるんだと思ってたら、モンスターにも噂ってあるんだね…洞窟の奥からオーク?って奴があらわれて俺を巣まで運んでそこからはあんまり覚えてないかな」 柊さんは息を吐き出して、大きく伸びをした。 それからクスクスと何かを思い出してか笑っていて、俺は軽く泣きそうになった。 「どんなモンスターの子供も産める様に身体をいつの間にか改造されて、俺の子供達はどんどん増えていった。その子供達に村を襲わせたのは滑稽だったなぁ…その後何度か“勇者”を呼んだみたいだけど、まだここまで来れた奴は居ないよ。これで俺の話はおしまい!」 柊さんの顔は、さっきみたいににっこりと優しそうな笑顔に戻っていたが俺はさらっと話された話の内容にカタカタと身体が震えてしまっていた。 「だから、湖くんはこっちに来てすぐに見初められてよかったね!」 「はぁ…」 一瞬嫌味かと思ったが、柊さんの顔は本当に羨ましいという表情だったので本心なんだと思う。 俺的には凄く複雑な思いだが、目の前に居る人よりはマシなのかもしれないと申し訳ないが思った。 「よし!沢山話してお腹がすいたから、何かおやつを出してもらおう!」 「おやつですか?」 「ここの料理長のお菓子はおいしいから心配しなくてもいいよ!」 柊さんはゆっくり立ち上がって、城に向かって歩き出す。 俺はそれを慌てて追って、また背中を支えてやった。

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