5 / 8
第5話
城に入ると豪華な内装が目に入る。
城を飛び出した時はとりあえずここから逃げ出す事に必死でじっくりとみる余裕等無かった。
改めてゆっくり見ると装飾は華美ではないものの、一級品が置いてある事が素人の俺でも分かる。
「凄い内装ですね」
「前はもっとゴテゴテしてたんだよ。如何にも魔王の城って感じの!」
俺が珍しげにキョロキョロと周りに視線を送っていると思わず感想が漏れた。
柊さんはくすくすと笑いながら壁に掛かっている物について話をしてくれたり、如何に自分好みにすることが大変だったかを教えてくれた。
「俺は元の世界では建築学科に通ってて、一級建築士になるのが目標だったんだ」
「へぇ。この内装見てたら分かりますよ」
「ここまで持ってくるのに凄い時間がかかったけど、俺達時間だけはあるからね」
「いやいや…そのギャグ笑えませんて」
他愛ない話をしていると、大きな扉の前に着いた。
今更ながらに城の中にはひとっこひとり居ないし、人影すら見ていない。
大きな扉は豪華な装飾が施され、何よりも重そうだった。
重そうな見た目からドアマンなり、扉を開ける係の使用人が居てもおかしくないのだがそんな役割の人は居ないらしい。
「この城の使用人は見えないんだよ」
「え?」
俺がキョロキョロしているのが分かったのか、柊さんにまた笑われてしまう。
それにしても見えないとはどういう事だろうか。
俺がそんな事を考えていると、触っても居ないのに扉がひとりでに開いた。
「どうぞ」
「えっ…と…」
急に開いた扉に驚いていると、すたすたと部屋の中に入って行く柊さんを追いかける事になった。
後ろではやはり勝手に扉が閉まったが、俺は何も考えない様にする。
「驚いた?」
「扉が勝手に開きましたからね」
悪戯が成功した子供のように笑う柊さんに、俺は素直に感想を述べる。
部屋の中央にはテーブルクロスがかけられたテーブルと、装飾が施された椅子のセットが置かれていた。
テーブルの上には真っ白な皿とカトラリーが既にセットさせれている。
柊さんが椅子に手をかけたので急いで椅子を引こうとしたのだが、その椅子はするりと後ろに下がった。
柊さんがにこりと笑って俺の方を見たので、俺も笑い返したがこれからどうすればいいのか分からない。
「良かったら、そこに座って?」
「え…あっ、はい」
指を指した席が自然と後ろに下がったので、俺は若干挙動不審になりつつもその席に座った。
椅子はちょうどいい具合のクッションで、ふかっとしている。
そんな事を思っていたら、いつの間にか皿の上にはケーキが乗っていた。
「今日も綺麗だな」
「急に皿の上にケーキがあらわれた様に見えましたけど…」
皿の上のケーキはベリーの様な濃い紫色の実が乗っており、その下はスポンジとムースが層になっているみたいだった。
綺麗に皿に盛り付けられたケーキは芸術品と言っても過言ではなかった。
「インプ達がイタズラで見えなくしたのかもね」
「へ、へぇ」
何か柊さんから聞いてはいけない単語を聞いた気がするが、俺は気にしないことにした。
俺の頭は既にキャパオーバーだ。
「ごめんごめん。冗談だよ」
「え…」
パチン
柊さんが指を鳴らすと、部屋の中に数人メイド服を着た頭に羊の角のような物がはえた女性達が立っている。
そして、よく見るとひとりひとり角の形状や長さ等が異なっていた。
メイド達はワゴンから紅茶を準備して俺と柊さんに出すと、ワゴンを押して部屋から出ていった。
「俺が意図して命令してるわけではないんだけど、城内の子達は皆これから人間界に行く練習中の子ばかりだから本人達が練習がてら姿が見えない様にしてるみたいなんだ」
「はぁ?そう…なん…ですか」
「人間界で、人に厄災を振り撒くために最近の子は姿を隠す術を覚えるんだよ」
この世界のルールはよく分からないが、俺は一応頷いておいた。
こちらに来たこと自体、よく分からない俺としては人に厄災を振り撒くためと言われてもいまいちピンとこない。
とりあえずメイドさん達が出してくれた紅茶を口に含んだ。
「紅茶は、俺たちの世界…って言うのも面倒だから“地球”って呼ぶね?紅茶は地球から…こっちの世界は“魔界”かな?に持ってきてるんだ」
「え。物のやり取りとかしてるんですか?」
「やり取りって言うか、普通に俺は地球に帰ることできるし」
さらっと言われた事実に、俺は思わず椅子から立ち上がってしまった。
一生会えないと覚悟していた家族や、友人にも会える希望が持てたからだ。
「か、帰れるんですか!!」
「まぁ、湖くんはもうしばらく魔界で魔力を定着させてから身辺整理に1回帰ればいいんじゃない?」
「身辺整理?」
「もうその身体じゃ帰れないでしょ?」
確かに身体を見下ろして見ると爪は鋭く伸び獣の様になり、額にその手を持っていくと角らしき物がはえている。
それに、一瞬とても地球に帰りたいと思ったはずなのに今はその気持ちがしぼんでしまっていた。
自分の変化を目の当たりにしたのもさることながら、旦那を置いて帰れないと思ってしまったからだ。
「そ、そうですね。旦那も心配しますし…」
「あー。あの子もはじめての嫁さんに浮かれてるからね」
「あの子?」
「言ってなかったっけ?あの触手、俺の産んだ子なんだよ?しかも、今は反抗期の真っ只中!」
俺は何度驚けばいいのだろうか。
次々に放り込まれる爆弾に、そもそもキャパオーバーだった頭が完全に思考を停止してしまった。
「まぁ…今魔界に居る魔物の殆どは俺が産んだ子か、その子供の子孫になるんだけどね。それが俺がここに居る意味でもあるし」
朗らかに笑う柊さんに悲壮感は一切ない。
今はいとおしそうに腹を撫でながら残りのケーキを口に含んでいる。
「それに、子作りって慣れると気持ちいいし子供がうまれた時もやっぱり何度経験しても嬉しいもんだよ」
「そ…なん…ですか」
「湖くんも経験してみればわかるよ」
「ははは。だといいんですけど…」
とりあえず俺は乾いた笑いしか出てこなかったが、何とか口に入れたケーキは美味しいとは思うことができた。
ただ、これが何の素材でできているかなども考えないようにする。
一方の柊さん2個目のケーキを頬張っているところだった。
「ちょっと食べ過ぎたかなぁ」
「確かにおやつと言うには多かった気がしますね」
柊さんはメイドさんが持ってきたケーキを3ホール程食べていた。
俺ははじめの1個で十分だったが、目の前で消えていくケーキ達は圧巻だった。
柊さん曰く、頻繁に食べないと貧血になるのだそうだ。
「さぁ。午後のお仕事しなきゃね」
「あ、はい!」
柊さんが歩いていくのを補佐しながら俺は返事をする。
柊さんに仕事内容を教えて貰いながら、仕事をしていたらあっという間に夜になった。
元々薄暗い魔界ではあるが、一応夜も訪れるらしい。
旦那と合流すると外の景色なども満足に見ていなかった事に気がついたが、そもそも住処が洞窟だった事を思い出して苦笑いがこぼれた。
「じゃあ、湖くんの部屋は俺の隣ね?一応お風呂とかトイレとかもあるし、この扉は本来俺の部屋に繋がってるんだけど今日は開けちゃだめだよ?」
「はい。おやすみなさい」
夕食も終わって、部屋に案内された。
俺は補佐官という役職を貰ったが、仕事内容としてはしては柊さんの身の回りのお世話や仕事の補佐というものらしい。
どちらかと言うと柊さんに俺がお世話されていると言うのが正しい気がしたが、明日から頑張ればいいやとベットに倒れこんだ。
部屋の隅には扉が1枚あって、それを開けると隣の柊さんの部屋に繋がっているらしい。
俺はその扉を首を少し上げて一瞥したが、大きなため息と共に再びベットに沈む。
「ん?」
首の横で何かが動いている気がしてそちらに目を向けると、にょろにょろと動いているものがあった。
何となく見覚えがあったが、それを見て頭が真っ白になるのと同時にフリーズする。
その間にも謎の物体は俺に近付いてきた。
「ちょっ!」
にょろにょろとした物体は旦那にとても似ていて沢山の触手を使って近付いてくる。
すぐさま起き上がろうとしたが、唇に細目の触手が触れた。
思わず抗議の声を上げようと口を開いてしまった事で口内へ触手が入ってくる。
舌先に触れた触手の先端は旦那の様にプニプニしていて、ついつい触手の動きに合わせて舌を動かしてしまった。
気がつけば小さな触手は俺の顔を覆っており、それを引き離そうとしたところで耳にも触手が入ってきた。
「え…だ、旦那??」
この小さな触手が言うには、自分は俺の事が心配でついてきた旦那の分身らしかった。
言われてみれば旦那に酷似しているが他の触手を見たこともないし、そもそも触手に個体差があるのかが謎だ。
しかし、今は口の中がとても気持ちがいいので、どうでもいい気がした。
ともだちにシェアしよう!