2 / 13

第2話

  霜月となると、辺りは真っ白な雪景色。 ロシアの冬は厳しい。隙間の多い板張りの家屋ならもう即死モノである。 だが、今いるのは薄い板張りの床と壁、屋根には雨避けの藁が敷き詰められた簡素なモノ。そんな強風に煽られたら一瞬で吹っ飛んでいってしまいそうな家屋に連れてこられてから、早1週間。 クソ暑い。その一言である。 獣人の中でも血の気の多い獣族は、分厚い脂肪と剛毛な毛で冬を乗り切ると聞いていたが、ショウビがいるアフリカにはそんなモノはまったく必要がなかった。 そして、銀色の輝く毛を持つあの狼こそが、今回の目的の狼なのだが、馬の腰の複雑骨折と御者のぎっくり腰で足止めを喰らっているショウビは、その銀色の狼とはもう和解して後はもうロシアに帰るだけになっていた。 ボサボサの頭を掻きながら、ショウビはゆっくりと身体を起こして、時計もない質素な室内を見渡す。 床板に(ござ)を敷いて、(うちぎ)を掛け布団代わりに腹に掛け、更に高鼾(たかいびき)をかいている灰白(かいはく)の狼を抱えながら、すやすやと眠っている童女がいる。 その童女の抱えているのは、余所の部族でたらい廻しになっていた親無し狼である。今回の揉め事の当事者であった。 名はドヴェルグ。雄のベータであるが気性が荒く、その部族では厄介モノであったようだ。先代の血を引くからと渋々養っていたが、毎年起こる干魃(かんばつ)で食糧難になり、その(ふるい)掛けの同族殺しが始まったらしい。 ソレは移民生活をしている獣人らの賑恤(しんじゅつ)で沈下はしたモノの、今度はその物資を奪い合うという小競り合いが起こったという。狼が息巻いているという報告はこの沈下のために走り廻っていた銀色の狼こと、フリードが悪目立ちして目に止まったからである。 そのフリードはココの部族長で、御歳(おんとし)で25歳になる。 狼の成人は普通一般の獣人よりも早く、13歳になればもう立派な大人扱いだ。灰白の狼(ドヴェルグ)も今年でその歳になるというが、まだまだ餓鬼であった。 童女の腹の上でぐおーっと眠っている様子からしてもそうだと思うショウビは、目の前にある現実を先延ばし先延ばしにしていた。そう、同族殺しよりももっと重要な問題をこの部族は持ち込んでいるのだった。 ソレは、ドヴェルグを抱えながら爆睡中の童女のことである。どうみても、人族である。歳は恐らく12歳くらいだろうその童女は、この部族にいてはいけないモノであった。 ふと(すだれ)が持ち上がり、ドヴェルグよりも大柄な影が入ってきた。影は童女のすぐ横に寝そべると、その顔をペロリと舐めた。 「………う~………もう少し………」 童女がのろのろと手を伸ばすと、影はドヴェルグを床に押し退けて袿の中に入り込んだ。 「………っ!!」 ぼんやりとみていたショウビは目を剥く。ソレを後から入ってきたソーカがみて、イヤらしいですねと一言漏らすのであった。 袿の中で何が行われているかは、御歳で30歳になるショウビにも解る。顔を赤くしながら目を(そむ)けた。 「ソーカ、外にいくぞ」 袿の中の揺さぶりがどんどん速く激しくなるのを横目でみて、ショウビは彼女の腕を引っ張った。そして、簾を潜って外にでる。 淫らな声が漏れてくるのを背中越しに聞きながら、ぼそりと呟く。 「まったく、あの姿で18とは恐れ入った」 「人の子は成長が遅いのでしょう。しかし、アレでは童女に夜這いをかける野獣ですね。とても夫婦の営みにはみえません」 ああ、そうだなと、その場にしゃがみ込んだショウビは、ソーカの顔をぼけっと見上げる。一瞬の空白の後、突然目を剥くとがばりと勢いよく立ち上がった。 「しまった! ドヴェルグを連れてくるのを忘れてた………」 今更中に戻ることもできず、ショウビは入口の前で右往左往しながら慌てふためく。 「おや? どうされました? (おさ)様?」 「あぁ、コレはコレは、ジャリード様おはよう御座います。いえ、ちょっと………」 ショウビは背筋を伸ばして、ジャリードに紳士的な態度を取るが、寝起きのボサボサ頭ではその効果は半減であった。 彼女はフリード母だ。ショウビの怪しい行動に首を傾げるが、思いだしたようにソーカに視線を向けた。 「ところで、息子をみなかったかしら? あの子直ぐにいなくなるから」 ソレを聞いて、ショウビはまた右往左往をしだす。忙しい人だねとジャリードはショウビのことをみて、ソーカに返事を促す。 ソーカはショウビの従者だが、この部族にきてからはフリードとともに行動をしていた。先程もこの部族の周辺を1周巡回して、今しがた帰ってきたばかりなのだ。 「ああ、もうお休みになられていますよ」 流石に、中でせっせと子作りをしているとはいえるハズがないから、ソーカは言葉を丸く包んで喋るのだが、ジャリードはそうかい?と惚けた顔で簾の中に入っていく。 ソレをみて、慌ててショウビがジャリードを引き止めようとするのだが、言葉に詰まる。簾越しにまで聞こえる声に、鳥族より耳がいい獣族が聞こえていないというのも可笑しい。 気を使ってくれたというのならば、コレはもうフリードの機嫌を損ねることになる。獣人の営みが獣ように短時間で終わるモノではない。特に、狼人はねちっこいのだ。八方塞がりのショウビは、また右往左往しだした。 ソーカは溜め息を吐く。はっきりといえばよかったのか、と。 「まったく、お前は直ぐにコレだ! 世継ぎも大事だけどね、客人を外にほっぽりだすのは感心しないよ?」 床板にのへんと身体を伸ばしてまだ眠っているドヴェルグを担ぎ上げながら、一発噛ましたらさっさと寝なさいよと銀色の狼のお尻を叩いてでていく。 中の様子を覗いていたソーカは、アルファの性器は精子を吐きださないと抜けないことを知っているから、そういったのだと思っていたのだが、狼は全員そうだということをこの後知ることとなる。 童女の背中にしては骨張っていると、不思議がるソーカは背中にある痣には興味がないようである。 「あ~ぁ、困った困ったぁ」 ショウビは、ドヴェルグを担ぎ上げてでていったジャリードの後ろ姿をみて嘆いた。 折角、和解して後は帰るだけの身に大きな問題を課せられてしまったのだ。フリードの怒りは勿論のことだが、ソレ以外にもある。 「───ショウビ様。私、アル様が童子だったことにえらく驚いています」 「ああ、アル様はオメガ(・・・)だからな! あの莫迦(ばか)の所為で鳥族では特別(・・)天然記念物扱いだよ!」 ショウビはソーカに向かってがなる。 人族のオメガは今、絶滅危惧種扱いでどこの国でも高く売買されていた。そして、大抵のオメガには生まれたときに首輪が装着され、番号が振り分けられている。だから、首輪がないオメガは拉致されたか、無戸籍者で売買されていたかのどちらかになるのだ。 人拐いなら、まだよかった。アルが人族のオメガでフリードの妻だから、ショウビは頭を抱えていて唸っていた。  

ともだちにシェアしよう!