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第3話

  朝餉(あさげ)を済ませたアルは外にでると、まだ寝ているだろうフリードの元に向かった。後ろから灰白の狼がまとわりつくようについてくるが、アルは気にしないでさっさと歩く。 その灰白の狼は自分の方が兄のように思っているようだが、そうではないことを何度いっても聞き入れてくれないからだ。とはいえ、懐かれて嫌というワケではないから、どうもこう、居心地が悪いというかなんというかなのだ。 「ね、ドヴェルグ、オレよりも他の()と遊んできたら?」 ひょんひょんと尻尾を振るドヴェルグを半眼で見下ろして、アルは溜め息を吐く。 日射しは高く、冬という感じはしない。生暖かい風が南から吹いてくる。 「いや、俺にはお前のことを守るという重大な任務がある」 アルは隣の部族から預かってきたというドヴェルグは、フリードのいいつけを守っているだけなのだと思っていた。そして、自分に懐くのはオメガの血のせいだとも思っている。 そんなアルは、フリードに拾われて10年、漸く発情期を迎えることができる年齢がきたのにまだこないことに、少々苛立ちがあった。 「ソレって、フリード様がいない間だよね。今はいるんだから、自由にしててもイイと思うんだけど?」 「ソレでも何があるか、解らないだろう。お前は弱い。死んで貰ったら困る」 飄々(ひょうひょう)と応じるドヴェルグだが、実は狼人の姿の方が凛々しいのだ。フリードもそうであるが、アルとはまったく釣り合わない。 アルは大きく肩を落とすと、首に巻きつけてあった布を握り締めた。 「どうした?」 いつもは巻きつけてない布に視線を移して、ドヴェルグは首を傾げる。 「なんでもない」 「なんでもないことはないだろう?」 「じゃ、ドヴェルグには関係ないこと」 「な、聞き捨てならないな!」 「煩い! オレより年下のクセに偉そうなこというから!」 「と、年下いうなっ!」 近所迷惑など顧みず、アルとドヴェルグは舌戦(ぜつせん)を繰り広げている。しかし、誰もソレを止めようとしない。(はた)からみるとタダの兄弟喧嘩である。そう、コレまで声を上げて怒鳴ったり騒いだりしなかったアルの姿をみて、ほのぼのとしているのだ。 今朝方、あんなに頭を抱えていたショウビまでもが目尻を下げている。ソーカに関しては、どうみても童女にしかみえないと未だに腕を組んで唸っていた。ソレもそうだ。童子と気づかれないように童女として育ててきたのだから。 多少駆け足で進んでいたアルは、風に乗って流れてきた匂いを感じて足を止めた。 アルの足元で騒いでいたドヴェルグも、ピクリと耳を立てて瞬きをする。 「………フリード様」 「うん、そうみたい」 嗅覚を鍛えても人は人だ。限界がある。対するドヴェルグは、狼で狼人だ。この集落のどこにいるのか、直ぐに解る。 「………薬師様と一緒にいる」 フリードは部族長だけあって、多忙である。いろんなことを頼まれて、ソレをやらなければいけない。アルがこの集落に連れてこられたときもそうだった。 「そ、なんだ………」 顧みるアルは、やがて目を伏せた。 「ドヴェルグ、いこう」 薬師といるなら、もう今日は会えないとアルは知っている。薬師は、フリードの1番厄介な頼みごとをする相手なのだ。集落に住む狼の健康や集落外にいる狼の健康をみて廻っているからだ。 大工や土木もフリードを連れ廻す。力があるといって、借りだされるのだ。狩猟や酪農、農作物などの農家にも、季節ごとに呼びだされて借りだされる。妻であるアルには、そういう話は一切持ってきてくれないから、暇なのだ。 集落の愛らしい名物女将としてちやほやはされているが、実際は役立たずで何もできないから爪弾きにされているのだ。仕事が増えると。 「喧嘩は、もう終わり」 アルは屈託なく微笑んでいるが、瞳の色はどんよりと曇っていた。 ドヴェルグは薬師とフリードがいる方向を1度みて、アルに視線を戻す。彼は気が強いが優しいところもあって、相手が嫌がることは絶対にしない。 アルはクルリと踵を返し、大樹のバオバブがある方向に歩きだした。ソコに向かったのは、理由がある。 アルの憩いの場というところではないが、特別な場所であるからだ。 「縄編みの練習するよ。手伝って」 バオバブの樹皮は細かく裂いて編めば、強靭な縄を作ることができる。ソレは、移民生活の獣人に重宝されていた。だから、物々交換をするときに沢山のモノと引き換えてくれるのだ。 「沢山作れるようになったら、きっと──」 アルの言葉を受け、ドヴェルグは納得したように頷くと、彼の後ろではなく前を歩く。 バオバブに向かう道中は危険なのだ。若い雄の狼が沢山いる。アルは気がいいから直ぐに捕まってしまうのだ。 「アル、絶対に俺から離れるなよ」 「解ってる。今日は絶対に真っ直ぐにバオバブまでいく」 「ああ、絶対にだ!」 ドヴェルグの言葉に頷いて、拳を握った。気合いは十分なのだが、結局はバオバブの元へはいけずに日が暮れてしまうのが、彼らの毎度のお約束ごとだった。 夕焼け昊をみて、ああ、今日もダメだったかと肩を落とす。 夜の出歩きは、アルもドヴェルグも許可されていない。フリードのいいつけは絶対なのだ。もし破れば、朝餉からおかずが一品減る。育ち盛りの2人には、死ぬほど辛いことだった。 ずんずんと力強く歩いていると、広場の木材置き場がやけに騒がしい。 ソコをみたら、沢山の雄の若い狼が集まって何やら騒いでいた。 何かあったのかな? 気にかかりつつもバオバブに向かっているアルとドヴェルグは、足を止めず歩く。 すると、ひとりの若い狼に呼び止められた。 「アル様、ドヴェルグ!」 ドヴェルグの額に青筋が浮かぶ。アルのことを()のように可愛がっている若い狼だ。ドヴェルグが今の任を任される前までは、彼がその役をやっていたのだ。 心の中で「この夜郎自大(キザ野郎)めが!」と威嚇しつつ、表面上では笑みさえ浮かべて応じる。 「はい、何でしょう?」 アルは先を急いでいたから、思いっきり嫌な顔になっていた。 「はっはは、相変わらず、アル様は可愛い顔で頬を膨らしますね♪」 馴れ馴れしくアルの肩を触れる若い狼に、ドヴェルグの怒りは競り上がる。 「………あの、呼び止めた理由は?」 眉を寄せるドヴェルグに、呼び止めた狼はそうだったと苦い顔をした。 「ドヴェルグ、今日はアル様の18の誕辰(たんしん)なんだ。皆で祝いをしようってことで集まったんだよ」 「………………っ!」 アルの誕辰を知らなかったドヴェルグは目を見張るが、アルの首にある布に視線がいく。 「あっ、ソレでアル様はフリード様からは何か頂きましたか?」 「………………」 いいたくないと視線を伏せるアルに、若い狼はアルの肩から手を退けた。 「いや、その、えと、そう、しけ込まないで下さいって。まだ夜まで時間もありますし」 アルは唇を噛んだ。フリードが朝方、きたのはそういうことだったのか、と。 毎日、寂しい想いをしてないかと心配をしてきたのではなく、タダの祝いだったと思うと胸の奥が痛んだ。 「………ゴメン、オレ、今から用があるから」 急に駆けだしていくアルに瞬きする若い狼だったが、ドヴェルグは直ぐにその後を追った。 「ちょっ、待てよ! アル!」  

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