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第9話

  さて、ドヴェルグの心配はまだ続いていた。フリードが一向にアルから離れないのだ。 「アル、あっちで太鼓囃子がやってる。みにいかないか?」 「ああ、そうだな。アル、みにいこう」 アルの代わりにフリードが応えて、アルを抱えたまままた移動する。 ドヴェルグは拳を握った。 鮪のお造りはもうさっき1通り食べた。山盛りの刺身をアルはひとりでぺろりと食べてしまったし、フリードの取り分までぺろりと食べたからもうお腹は満足しているだろう。 狂言も雅楽(ががく)ももうみた。 後はこの太鼓囃子だけだが、全部フリードに抱えられての耳目だった。フリードの可愛がりようは、ドヴェルグがこの集落にきて以来の可愛がりようで、ドヴェルグとしても喜ぶアルを悲しませたくないという気持ちもある。だが、フリードに男と知られたらもっと悲しむことになると思っているから、ドヴェルグはアルを連れだすことに躍起になっていた。 だから、アルが女と偽ってフリードに近づいているとか、集落の皆を騙しているとか、そういうところまで頭は廻っていない。ドヴェルグはどこまでもアルが中心で、どこまでもアル贔屓だった。 「………ふえっくしん!」 派手にくしゃみをして、ドヴェルグは鼻をすすった。夜と昼の寒暖差があるから夕餉が終われば、早々に寝床に入って袿にくるまっていたが今日はまだ外にいる。 ああ、そうだ。自分がそうならアルだってそうだと顧みて、ドヴェルグは嘆息する。フリードがアルを抱えて離さなかった理由が今更のように解ったのだ。 アルが夜風で風邪を引かないためだ。 「アル、寒くはないか? 俺は体温が高いらしい。寒いならもっとこう引っついてこい」 「うん、フリード様、温かい♪」 昼間のあの大泣きはどこへいってしまわれたと聞きたくなるアルの強気振りに、ドヴェルグはなんともいえない顔をした。 「………俺は、寒いよ………」 ボソリと零れた言葉にフリードは気づいて、ドヴェルグに声をかける。 集落の幼子はもう寝ている。祝いだ、酒だと騒いでいるのは全員、成人した大人ばかりだ。 「おお、ドヴェルグ、すまなかった」 アルの誕辰祝いだと浮かれて連れ廻し過ぎたとドヴェルグの頭を撫でる。ソレから直ぐに、ソーカを呼びつけた。 「ソーカ!」 ショウビの酌をしていたソーカは、声がする方に顔を向けた。ほろ酔い気分のショウビまで顔を向ける。手招きするフリードにソーカは立ち上がり、何でしょう?と機敏に動く。 「悪いが、ドヴェルグを部屋まで送ってやってくれないか?」 「えぇ、構いませんが」 ソーカの返事に、いつになく厳しい顔で彼女の後についてきたショウビが物申す。 「ァレ(アレ)? ァルしゃまはかぇらいにょ(アル様は帰らないのですか)?」 「シ、ショウビ様」 野暮なことはいわないで下さい。ドヴェルグを連れていきますよと、耳打ちをする。 「にゃにがゃぼぅだにゃ(何か野暮だ)ァルしゃまもっれてぃきゅのにゃ(アル様も連れて帰りますよ)!」 「もう呑みすぎですって。さぁ、ドヴェルグもいきましょう」 だが、ドヴェルグはソーカの手を弾いた。ショウビもソーカの手を弾いて睨む。フリードが目を丸くした。 「ぃや(ダメだ)ァルしゃまもかぇるにょ(アル様も帰りますよ)! あにょばぁきゃのはにゃしをぎゅうてもにゃうにょ(私の愚痴を聞いて下さい)だぁいじゃい(大体)こんにゃがしゃっつでぃ野蛮やにょにだぃじにゃァルしゃまは渡さゃにゃいんだぁぎゃら(こんながさつで野蛮狼に大事なアル様は渡せません)!と、変に意気込むショウビにドヴェルグも加勢する。 「ああ、そうだ。アルも、もう疲れているからな!」 「ドヴェルグ、オレ、疲れてないよ? お昼寝したし」 ショウビのいっていることは半分以上解らないから最初から捨て置き、ドヴェルグの意見だけを聞いてバッサリと切り捨てるアルはフリードを選ぶ。 「にゃに()! ドおぉーグ(ドヴェルグ)きしゃまというゃつは(貴様というヤツは)!」 その途端、クルリと標的を変えるショウビにソーカは呑ませ過ぎたと舌打ちをする。 酒が滅法好きなショウビに浴びるほど呑ませておけば文句もいいまいと思ったのが、仇となったようである。 「俺は何もしてない! ソレよりアルだ!」 「にゃぬぉー(なんだと)ドおぉーグ(ドヴェルグ)にゅがすまじゅだぁ(観念せい)!」 わあわあ、きゃんきゃんと喚くショウビとドヴェルグをみて、ジャリードが立ち上がった。 「はいはい、ふたりとも静かにおし。さぁ、酔っぱらいもお子ちゃまももう寝る時間だ」 ジャリードに軽く掴まれて、肩口に担がれるドヴェルグは暴れる。 「ちょっ、ジャリード様、離して下さい! アルは! アルは!」 「え? オレが、何?」 アルに問われて、ドヴェルグは黙り込む。思わず、呟いた言葉はジャリードの耳に入った。 「………………ボソ」 「あっはは、ドヴェルグ、心配しないの。アルが()だって皆知ってるから」 「───え?」 ドヴェルグは瞬きをして、そして、気づくのだった。 アルが泣いたのは、フリードの子が授からないからだ、と。幾ら、接吻をしても雄と雌でないとコウノトリは子を運んでくれない。 「うあっああああああっ!」 発狂するドヴェルグに、なぜかショウビが指を差して笑う。 「にゃはははっ(はっははは)ァルしゃまはにゃ(アル様は)ぉめがにゃのしゃ(オメガなのだ)!」 そして、ソーカの背中をバシバシと叩いてケタケタと笑いながら、地面に沈む。くるくると目を廻したと思ったら、瞬く間に元のシュバシコウの姿に戻ってしまった。 「ちょっ、ショウビ様! 大丈夫ですか?」 慌てて、ソーカがショウビを抱えて持ち上げるが、ショウビは目を廻したままだった。 そんなショウビは、赤い(くちばし)に全身は白く、風切羽は黒かった。 「ぉめが?………って、コ、コウノトリ!」 ドヴェルグはオメガという言葉には首を傾げていたが、ショウビの元姿をみた途端に目を大きく輝かせた。 コレなら、アルを幸せにできる。ドヴェルグは鼻息を荒げた。 「アル、安心しろ! お前の悩みはこの俺が解決してやるから!」 「え? 何?」 アルは瞬きをさせた。フリードもアルの顔をみて瞬きをさせた。 「アル? 悩みがあったのか?」 「あ、えっと、その………」 多忙なフリードとイチャイチャできないことや適齢期になっても発情期がこないことや不器用で役に立たないことなど、一杯あったが。 「フリード様が物凄く格好よすぎるから、困ってる」 頬を真っ赤に染めて、1番どうでもよさそうなことを口にするのだった。 だが、フリードの顔が一瞬硬直し、アルのことをぎゅっと抱きしめた。 「俺もお前のことが物凄く可愛すぎて、困ってる」 ああ、何て愛らしいんだ。思わず、食べてしまいそうだ。 甘い囁きの後は、軽い接吻で、アルの顔が一気に顔が真っ赤になったことはいうまでもないだろう。  

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