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第7話

  アルとドヴェルグがいるという広場の方角だというのは、解る。そして、ソーカがニタリと嗤ったことと、フリードのあの勢いからしてショウビは嫌な予感しかしなかった。 「ソーカ、もし、万が一でもアル様に何かあったら、許されないことだよ。ああ、あの莫迦にいいように使われるのも腹立たしい!」 真っ暗な広場に向かいながら、ショウビはソーカに自分の立場を解って欲しそうに述べた。 「いいかい、コレからはちゃんと私に許可を取って発言や行動を取ってくれないか? 糞、あの莫迦さえいなければ!」 ソーカはふむと唸った。 「そうすると、緊急時は物凄く対応が遅れますが宜しいでしょうか?」 緊急時といえば、ショウビの護衛も含まれているから、今度はショウビが唸る。 「う~ん、ソレは臨機応変ということで考えてくれても………え?」 風に乗って流れてきた血生臭い臭いに、ショウビは足を止めた。 獣の臭いではない。コレはと、ソーカの顔をみるショウビの顔は青ざめていた。 ざわざわと騒がしい音に、息を呑む。この角を曲がれば広場は直ぐ、ソコだ。 闇に目を凝らす。夜鳥ではないから、ショウビの視界には暗黒しか映しだされていない。ソーカなら何かみえているハズだ。 冷たい風が吹きつけてくる。ソレが、どういうワケかショウビには解らなかった。アフリカの季節柄、氷のような冷たい風は吹かない。 ソーカにみえている情景を教えて貰おうとしたときだ。予想外の方向からソーカが接近してきたことに気がついて振り向いた。 弓のような細い月は北の昊を通り、西に沈みかけている。星影は瞬いているだけだから、まったくあてにならない。 ぼぁっと広場が明るくなった。昼のような明るさに、ショウビは目を(くら)ませる。 松明が燃える広場の中央には、アルとドヴェルグとフリードがいた。 ソーカが叫んだ。 「アル様、おめでとう御座います!」 ソレまで何もいなかった場所に、集落の老若男女が突如として出現する。どこに隠れていたのだと思うくらい、大勢の狼が現れた。ジャリードは勿論、薬師から御者までいる。 ショウビは思わず息を呑んだ。驚愕が反応を鈍らせる。 ソーカの身体が宙に跳んだ。梟の姿に戻った彼女は、フリードの肩にとまった。 半瞬(はんしゅん)遅れた後に、ドヴェルグがアルの背中を押してフリードの前に立たせた。アルもショウビ同様、何が何だかまったく解っていない。 地盤が緩んでできた空洞化した場所にドヴェルグと一緒に落ちたことは、覚えている。が、ソコからずっと真っ暗な世界で、アルの視界には何も映しだされていなかったのだ。 「『アル、ほら』」 狼人から灰白の狼に戻ったドヴェルグは、その背中にアルを乗せた。覚束ない足取りで怪我をされては困る、と。 アルもまったくみえない足場を歩くのは気が引けた。だから、素直に頷いてドヴェルグの背中に跨がった。 『んん? アル? 俺の背中に当たるモノがあるんだけど、何か持ってんのか?』 少し呆れた声でドヴェルグは振り返る。五尺もない身長に細い手足。額には赤い丸が描かれていて、目はくるりっと大きい。身に纏っている薄い布はパンジャビというモノらしいが、ドヴェルグはあまりみたことがなかった。 ジャリードがやたらこういう奇抜いモノを作る趣向があるようで、アルはそのいい遊び道具にされているようである。ドヴェルグも1度その餌食にかかりそうになったことがあった。 『えっ? 何も持ってないよ』 反射的に手を離し、アルは態勢を崩して正面に倒れ込む。 ドヴェルグの背中にしがみつくアルは、ちょっと涙目でうるっとした愛らしい顔をドヴェルグに向けた。当人は睨んでいるようなのだが、そうはみえない。 ぷにゅと背中に当たるモノが、アルの密着によりもっとはっきりとする。 ドヴェルグははっと息をし、ソレが何か解ったようで背中に汗を掻く。狼だから汗腺(かんせん)はないのだが、だらだらと背中から何かが垂れ流れた。 『………ア、ル………』 『ん?』 神妙な趣のドヴェルグにアルは首を傾げる。怒鳴られると思っていたようで、先に謝る。 『ゴメン、痛かった?』 アルが先に言葉を発するから、ドヴェルグは聞きそびれる。ドヴェルグは首を振った。 『いや、俺の気のせいだった。俺こそ、急に変なこといって悪かった』 ドヴェルグは正面を向いて歩きだした。が、頭の中はアルの下半身についているモノ(・・)のことで、一杯一杯だった。 「『ドヴェルグ、どういうことなの?』」 フリードとドヴェルグを交互にみて、やはりアルは不思議そうに首を傾げる。同時にフリードの腕に掬い上げられた。 ソーカが大きく跳躍する。一瞬の内に、アルとフリードの頭上から花びらが舞う。 ソーカはそのまま上空に舞い上がってショウビの元に戻った。地に降り立ったソーカは元の女人へと姿を変えていた。 ショウビは、唖然とする。アルも唖然として大きな瞳を何度も開閉していた。 若い狼がアルの誕辰を祝うために集まっているといってはいたが、正直、ココまで盛大なモノだとは思っていなかったのだ。毎年、小さな室内宴会だったから。 広場のは大きな(やぐら)が立てられ、祭囃子(ばやし)(だい)神楽まである。まるでお祭のようでアルはフリードをみた。 「フリード様!」 驚いたか?というフリードの顔は、ソレはもう得意気であった。 「ああ、毎年この時期は干魃やらで食糧不足でアルには辛抱して貰っていたが、今年は思いもよらない資金提供者が現れてだな。まぁ、なんだ、今までの分もまとめて祝ってやろうと思ったんだ。ソレに、暫く俺も暇になる」 「─────」 歓喜で声がでないというか。 アルは瞳に一杯に涙が溜まっていた。盛大な祝いはとても嬉しいが、フリードが暫く暇になることの方がもっと嬉しかったのだ。 朝方のアレはその前触れだと解ると、もう歯止めは利かない。 イチャイチャしまくるぞ!と意気込むが、取り敢えず、アルはフリードの首に抱きついてお礼を述べる。 「フリード様、ありがとう♪」 「うんうん、そうかそうか」 得意気なフリードだが、内心では気が気でなかった。 ジャリードを通して、日が完全に沈むまでアルを広場に近寄らせるなと、ドヴェルグにいっておいたのに早速、広場に足を運ばせるし、アルの元お付きだった若い狼までが自慢気に誕辰祝いのことを話そうとしていたからだ。 挙げ句の果てには、地下が空洞化したバオバブの大樹に向かうとは思っていなかったから、年甲斐もなく慌てふためいた。 そう、空洞化したソコにソーカに頼んで取り寄せて貰ったアルへの取って置きのモノを隠しておいたのだ。 「アル様! (まぐろ)の造りですよ!」 若い狼が何人もで運んでくる巨大な魚は、確かに鮪だった。 「うわ!」 奴隷商人に囚われていた頃、とある獣人のひとりが食べさせてくれたモノだ。その後、アルはその獣人に美味しく頂かれたのだが。 醤油というモノにつけて山葵(わさび)という鼻につーんとくるモノを乗せて食べる刺身は、本当に美味しかった。目から鱗というか、もう絶品で舌が蕩けそうだった。赤身は酸味があり魚の旨味があって、脂身は赤身と脂肪が交ざったのと脂肪だけの甘味が増したモノがあった。 こんなときだからこそ感激も物凄く大きいようで、アルは鮪の造りに釘づけだ。 「フリード様、フリード様!」 アルに尻尾が生えていたら、もうはち切れんばかりに振っているだろう。 ドヴェルグは嬉しそうにフリードに抱きつくアルをみて、気が気でなかった。アルが()でないことをいつフリードに知られるか、冷や汗モノだったのだ。 「アル、腹減っただろう。先に、あっち食べないか?」 フリードに背中を押してやったが、やはり密着は気づかれる。ドヴェルグもそうだったからフリードだってきっとそうである。 ジャリードが器によそった芋と仔山羊の煮汁を指して、ドヴェルグはぐるぐると鳴るお腹を尻尾で押さえた。 「ああ、そうだな」 「えっ! フリード様?」 くるりと踵を返すフリードは、アルを抱えたままジャリードのところに向かう。ドヴェルグの気も知らないで、アルを甘やかすフリードだった。  

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