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第12話
翌朝、目の下に隈を作ったショウビは二日酔いで頭が割れそうだった。
その横では昨夜から見合い写真を両手一杯に抱えたドヴェルグが、ショウビに縁談の話を熱心にしていた。
ソーカはコレでショウビの両親から託された見合い写真の件は片付づいたと、ほくそ笑む。
ジャリードはアルの件もあるので、暫くは黙っておこうとフリードの自室にふたり分の朝餉を運んでいた。
ぱたぱたと袿の中で動いているフリードの尻尾を掴んで、ジャリードは制止させる。
むーんと甘い匂いが立ち込めているが、ソレに反応するのはこの掴んだ尻尾の持ち主である銀色の狼だけである。
「まったく、都合のいいときに発症してくれたのはいいけど、アレ、どうするんだい?」
「ん? ソーカが何とかするだろう?」
フリードは掴まれていた尻尾をひょんと振って応える。ジャリードはショウビが悪い鳥 ではないことは解るが、息子の嫁を連れていこうとするのは感心していなかった。
「いや、でも、恐らくドヴェルグが離さないだろうね?」
「ん? 男に目覚めたとか?」
好いているアルが男だと解って、躍起になったか?と思ったフリードだが、ジャリードの言葉に笑いが込める。
「長様の未來 の奥方に頼むらしいのさ」
「なんだ、アイツ、まだ独身だったのか?」
偉そうな態度で諭してきたが、と飽きた顔をするが、どこか愉しそうだ。いびれる要素でもみつけたのだろう。
「コレでまだ筆下ろしをしていなかったら、ドヴェルグと同類だなぁ」
フリードの言葉に、ジャリードは物いいたそうな顔で目をしばたたかせた。
「あの歳でまだ拗らせていたら信仰モノだとしか思えないわね。ドヴェルグなら、崇高しそうだけど」
ぼそぼそと呟いているジャリードである。フリードは怪訝そうに片目をすがめたが、アルが情熱的な目でみるから口をつぐむ。
フリードが目を細めて口づけをすると、アルは満足そうな顔をした。
「ねぇ、しぉ………」
つまらない話は後からできるでしょう。オレの中は気持ちよくない?
フリードの首に細い腕を廻して、耳許で囁くアルは毒だった。
「ああ、こりゃ完全に落ちたね」
フリードの腰が機敏に動く。ソレに合わせてアルが哭くから、フリードの腰は止まらない。
「じゃ、孫の顔を楽しみしとくわ」
「………ん、………だぁめぇ~♪」
「ああ、ァル、アル!」
室内に響く声は、ドヴェルグとショウビには聞こえていなかった。
「今日も平和だね 」
「今日も退屈ね 」
同じ声を聞いても感じることは各々で、ジャリードとソーカは高い昊をみあげるのだった。
さて、あの鳥男 、どうしたモノかねぇ~。
本音とは裏腹に余裕振った表情をしているジャリードとソーカは、女の鏡だった。
「ソーカ、何をいって、ぃてて、いるんだ。ドヴェルグをどうにか、ぃてて、してくれないだろうか?」
自分の声が頭に響くショウビはこめかみを押さえながら、ソーカをみる。
「自分で何とかして下さい。私、こうみえて子供の夢は壊したくない派 なので!」
「子供 って、ぃてて、そういうの、ぃてて、屁理屈というの、ぃてて」
「ああ、そうでしょうね。ぃてて っていってもぃてて でぃてて ぃてて 何でしょう?」
「………………ソーカ………ぃてて」
押し黙るショウビだが、なんといっても彼は鳥族の長で中立族の代表なのである。座椅子がかかった大勝負、こうと決めたら梃子 でも動かないだろう。
「ハイハイ、解りました。そんな目でみないで下さい」
御者のぎっくり腰も治ったことだし、ソーカは息を吐いた。
「では、1度、祖国に戻りましょうか?」
コレまで1番まともな案に、ショウビは瞬きをする。
馬は?といえば、先日の見舞いの折に新しい馬を新調したという御者は、腰の骨が折れた馬はもう走れないといっていた。その馬は食用になるのかといえば、年を取りすぎて旨くないらしい。処分するにも金はいるからと、低賃金でも食糧用の小さな仕事をさせるという。
食い口分はなんとかなるだろうと愚痴っていたら、世話になっていた薬師が欲しがった。新しい馬を新調する金もないし、驢馬 のように鈍く歩く馬もいないと殆ど諦めかけていたというのだ。
御者と薬師の間で商談が成立すると、コレは何かの星の巡り合わせだといった。
そういう占卜 には興味がないが、昊に星がある限りソレも否定できず、ソーカは思ってもないことをいう。
「コレが何かの巡り合わせなら、糸口は祖国にあると思いませんか?」
今朝方も、朝餉の席で顔を合わせたジャリードがいっていた。アルが発情期に入った、と。
ショウビの顔に険しいモノが入った。
「あの、ショウビ様、ロシアに見合いしに戻られるのでしょうか?」
乗りだすようにみつめるドヴェルグの隣を、ジャリードが通りすぎていく。
頭をひとつ下げるから、ソーカもショウビも軽く会釈をした。
しっかし、あの痣の形、どっかでみたよな気がするんだよね?と、首を傾げるジャリードの後ろ姿をみて、ショウビは思いだす。アルの背中にあったあの痣はシビル・ハン国の紋章 に似ている 、と。
そういえば、あの莫迦も惚れたオメガの童の背中に変な紋章の痣があったとか何とかいっていたなぁとはるか遠い記憶が甦る。
ん?オメガ?童?
ショウビの頭に嫌な予感というか、よい兆しの予感が走った。
オメガを特別天然記念物にしたあの莫迦は、友人であるショウビをも処罰の対象にする。
だが、アルがそのオメガなら、ショウビの今の座椅子は安泰のモノになる。
ショウビはソーカの案に応える前に、ドヴェルグの問いに答えた。
「ん~、ぃてて、そういう手もあるね? ぃてて、態勢を立て直すにも後ろ楯が必要だし、ぃてて」
ドヴェルグが手渡してきた見合い写真の中に資本家の令嬢がいた。世界でも3本の指に入る有名どころである。
「う~ん、だけど、ぃてて、アレ はアレで本当に手強いんだよねぇ~、ぃてて………」
ソーカの眉間に皺が寄った。
「ソレは、どういう意味でしょう?」
「ん? ぃてて、ソーカが解らないなら、ぃてて、私も解らないってことだよ、ぃてて」
ショウビは目を閉じて、高い昊をみあげる。
風が吹き、アルの声が聞こえた。
耳をそよがせて、目を細めるのはショウビではなく、ドヴェルグだった。
うじうじと考えてめそめそと泣いているアルよりも断然イイ、と。
はたはたと尻尾を振って、ドヴェルグはおおおおおお~んと鳴いた。
「あはっは、ぃてて、ドヴェルグは偉いな。ぃてて、私はお前みたいに、ぃてて、踏ん切る ことはできないよ、ぃてて」
目蓋を開け、ドヴェルグをみると、ショウビは機嫌よく目を細める。
「あの、ショウビ様、まったく持って意味が解りませんが?」
「いや、ぃてて、私ごとだ。ぃてて、いつものアレ だと思ってくれて構わない、ぃてて」
ドヴェルグはきょとんとした顔でショウビをみると、首を傾げた。
「ソレで、ロシアにいつ戻るのですか?」
「ん~、ぃてて、そうだねぇ。ぃてて、1週間後というのはどうだろう、ぃてて」
何かを察した顔で思案していたソーカが、ひとつ頷いた。
「解りました。ショウビ様の気が変わらない内に準備をしてきます」
ドヴェルグに目をやって、ショウビは神妙な面持ちをした。
「ああ、ぃてて、頼むよ。ぃてて、ドヴェルグもついてくるだろう、ぃてて」
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