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第23話 アサのお料理
―― 翌日
「アーサ! ケーキ作るよ!」
「ケ…キ?」
「うんうん! メレンゲをね焼くとね、パブロバになるの!」
「パバ…???」
「パーブーローバー!白くて甘くてふわふわで美味しいの!」
「ッ???」
「ケン、さすがにその説明では分からないのでは…」
「ショーン!何でいるの?」
「ニールに言付かりまして。アサの様子を見て来いと」
「僕といれば怖いもんなし!」
「それは…そうかもしれませんね、ある意味。それでは、アサ、お料理楽しんでください。私はお暇します」
「ン……ハ、イ?」
「よし!はっじめるよー!」
拳を元気よく掲げたケンの手には泡立て器が握られている。アサもケンとお揃いの白いエプロンをして材料に目を向けた。
目の前に並べられているのは、ここ数ヶ月の船生活で見慣れた異国の材料。もちろん、牛乳だったり小麦粉だったり、自分の住んでいた島でも手に入るものもあった。それでも、調理方法が少し変わっただけで、出来上がった料理はすっかり変わってしまう。じゃが芋や風変わりな麺が中心の料理を食べていると、故郷の漬物や干し魚、白米などが恋しくなってしまう。
異国の食事が嫌いなわけではない。幾度となく、これは何だ、新しい味だと心を踊らせ、口にするたびに、ニールやケンが説明をしてくれ、もっと食べろと皿によそってくれた。自分で選んだわけではないこの慣れない船の生活で、みんなとワイワイ食べると心が穏やかになった。
「じゃあ、まずは砂糖をね、あ、これね!」
「サトー」
「さーとーう」
「サー、トーウ?」
「正解!これをここに入れまーす!」
ふとした時に思い出す恐怖は、底抜けに明るいケンの声でかき消される。
今日は甘いお菓子を作るようだ。
「これをこうやってちょっとずつ入れてーっと!」
「ン?コ、レ?」
「そうそう、で、どんっと混ぜるよー!」
「マゼ…ル?」
ケンから手渡されたボウルには卵白が入っている。少し大きめなボウルを両手で支えていると、横からちょっとずつ砂糖を加えていくケンに泡立て器を手渡された。
「混ぜて混ぜてー!」
見よう見まねにくるくる中身を混ぜていくと、白くフワフワと泡立っていく。
「ン、ケン…イイ?」
「かーんぺき!もうちょっとこうやってこうやって混ぜて混ぜてー!」
ボウルを奪い取ったケンは僕よりも高速で中身を泡立てていく。力強く混ぜすぎているのか、ボウルからどんどん中身がこぼれていくがお構いなしだ。ケンの額にも泡や粉がついている。
「じゃじゃーん!これが、メレンゲね」
「メル、ンゲ?」
「メーレーンーゲー!もー!アサはラ行が苦手だねー!」
「ンー…」
「よしっ!で、これにこれとこれとこれをドバっと!」
小さな器に入ったお酢と塩、それに僕には何だか分からない白い粉をケンは勢いよくボウルに投入した。
「あーこぼれちゃった!ま、いいや!」
今度は丁寧に切るように混ぜているケンから視線を辺りに向けると、料理を始める前にはピカピカにきれいだった厨房が白い粉や泡、砂糖や卵、使い終わった食器などでごちゃごちゃとしていた。
「ケ、ン…コ、レ、ダーメっ」
「ん?あ、だいじょーぶ!あとで片づければオッケー!」
明るく答えたケンは、フワフワのメレンゲを平らな器に移動し、オーブンの扉を開いた。
「これを40分焼いたら完成だよ!」
「ヨン、ジウ…」
「そうそう!アサ、4と0ね!」
「ワ、カッタ…」
「待ってる間にお茶のもー!」
止まることを知らないケンはパタパタっと厨房を去っていき、僕は慌てて後ろを追っていった。ちょっと大きめなエプロンが邪魔をして足がもつれて、僕は前を行くケンに追いつくことを諦め、トボトボと談話室に向かった。
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