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第47話 アサの複雑な感情

「あ、あの、僕…」 久しぶりに聞いた母国語がすごく懐かしくて、心臓がぎゅっとなった感じがした。 嬉しいはずなのに、心は痛ささえ感じている。 体を包んでいたニールの腕が緩み、僕は一歩二歩と目の前の店主に向かっていった。 「島の子かい、お前さんは」 「あ、は、はい!」 慣れ親しんだこの言語を誰かに向かって発したのはいつぶりだろうか。 何カ月も、船の中で伝えたいことを伝えられず、思ったことを口にできない煩わしさを経験してきた。だからこそ、今言いたいことが言えるという自由が僕の心を温めていた。 「こんな異国の地で、異国の人間と何をやってんだね?」 「あ、あの僕、その、えっと」 「言いづらいのか?なんだ、親御さんに売られたのか?それとも、そこのおっきいのに攫われたのか?」 「え、あ、いや、そうじゃないんです!」 「それじゃあ、望んでそこのといるのかい?変わった子だな。故郷が恋しくないか?まだ幼いと言うのに」 「こ、恋しいです…」 「そうだろうな。ああ、俺たちはな、明日、出港する予定だ。どうだ一緒に乗って帰らないかい?」 「え、あ、で、でも」 「異国の船に乗っていても島には帰れないぞ」 「う、あ、は、はい、そうだけど…」 しわの深い手が僕の手を握った。 僕より少し背が高く、細身だが華奢な僕よりは筋肉がついている。 外で働く時間が長いのか日焼けした姿は、船大工のお父さんを思い出させた。 「少しだけ考えさせてください」 「迷っているのか?何を迷う必要があるんだい?国に帰りたいだろうに、お前さんはまだ若いんだから」 「そ、そうだけど、でも、この人とか、友達とか…」 「異国人の友達かい。そいつらもな、お前さんが去れば思い出となるさ」 「思い出?」 「ああ、小さい島国の子供がいたなって、たまに思い出すようになるよ」 「そんな…」 「人間はそういう生き物だ。その時に大切だと思ったって、過ぎ去れば綺麗な思い出となるんだ。忘れられることはないだろ。友達になれたなら、思い出として彼らの中に残れるぞ」 「あ…」 皺のよる目尻は優しく僕を見つめている。 この人は、異国人のニールとケン、ショーンと現れた僕を心配しているんだ。 親に売られたわけでも、攫われたわけでもない。 どこからこの人に説明して、どこまで話せば僕の現状を分かってもらえるのだろうと忙しく頭を動かした。 ニールとのことは説明できないな。 でも、ニールがいるから、帰りたくないという感情も湧いてくるんだ。

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