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第51話 強がりの砂糖菓子

このまま繋がった唇から溶けて一つになってしまいたいなんて、在り来たりな表現が頭に浮かび沈んでいく。 「ニー、ル…アシ、タ…フネ」 「明日、船?」 「ウ、ン、ア、ノ…フ、ネ」 細い指が指す方を目で追うと、先ほどまで話していた店主の店を指していた。 「ああ、あの人たちの船…か?」 「ン…」 俺たちの船ではない、他の人間の船に乗り島国に帰ると言っているのだろう。 辛そうに寄せられた眉間、こぼれそうなほどに涙が浮かぶ瞳、風に乗って流れる黒髪、全てが俺にさよならを伝えているように感じた。 「そうか…」 前髪を撫でると、するりと涙が流れ落ちる。 俺が悲しい顔をしてしまったら、アサが余計辛くなるだろう。 せめて俺にできるのは、最後まで笑顔で送り出してやることだ。 口角を上げ、できるだけ明るい笑顔を貼り付け、アサの瞳を見つめると、ボロボロと大量の涙がこぼれ落ち、小さな手が俺の胸に置かれた。 「ッボ、ク!ア、ア、ゴ…メンッ、ゴ、メンッナ、サイッ」 泣きじゃくりだしたアサを前に俺の心はズタズタとナイフで刺されるように痛み出した。 笑顔で送り出してやろうなんて偉そうに思ったくせに、大好きな少年に謝らせるなんて俺は、何をやっているんだ。 「大丈夫だ、アサ。全て大丈夫になる」 「ッニー、ル」 温かい涙が俺のシャツに吸収され、すぐに冷たくなっていく。 どんなに涙を拭っても、どんなに唇を合わせても、アサは落ち着く様子を見せない。 上下する華奢な肩を撫で、背中に手を這わせていくと、ひくひくと小さな声を上げるアサが俺の瞳を見つめた。 太陽の光にきらきらと輝くアサの漆黒の瞳は、初めて会った日のように美しく、さらさらと流れる黒い髪は誰のものより愛しい。 ずっとこうしていたいが残された時間が少ないとなれば、できるだけのことをしなくては。 「仕立て屋に行こう」 「ン?」 「服を取りにいかないと」 「フ、ク…?」 「そうだ」 タイミングよく市場の向こうからショーンとケンが歩いてくるのが見える。 砂糖菓子を手に落ち着きなく歩くケンの手を握り、ショーンが困り顔でお小言を言っているようだ。 「アサーーーー!!!!ただいま!はい!これあげる!」 「アッ、イ、ヌ…」 ケンの手に握られた砂糖菓子は動物の形に練られていた。 犬の形をした物をアサに手渡したケンは、ウサギの形をした砂糖菓子を舐めている。 「ニール、アサが泣かれてた理由は…」 「ああ、あの店の者が明日島国に帰るそうだ。アサもそれに乗って帰る…」 「そ、それは急ではないですか」 「アサには、これが一番だ。親の元に帰れる。そもそも俺たちの船に乗るべき子ではなかったんだ」 「そんな…」 「出港の時間は後で確認する」 「分かりました」 木漏れ日の下でケンと並んで砂糖菓子を舐めるアサの目は赤く腫れている。 二人が現れたことで少し気が落ち着いたのか、涙はもう流れていなかった。 「え!待って!何の話?!アサが帰るって何!?僕聞いてないんだけど!」 「今決まった話だからな」 「やだ!僕も帰る!」 「お前が帰る国ではないだろう」 「やーだー!」 ぎゅうっとアサを抱きしめたケンはいつにもなく機嫌が悪そうな表情で俺を睨んだ。 できることなら、俺だって行かないでくれと言いたい。言えないから、余計辛いんだと気持ちを込めて睨み返してやった。

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