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第134話 ショーンはお仕事中

「お、ショーンか。おはよう」 「おはようございます、船長」 「スッキリした顔してるな」 「…そちらこそ」  若干若さを取り戻したかのようにつやつやしている上司に冷たい視線を送る。  慣れた手つきで、操縦室の席に着く船長に目をやる。どう考えてもこの人の「スッキリ」の定義と私の「スッキリ」は全く別物のような気がした。 「報告内容は、それと言ってありません。夜中に天候が少々悪かったようですが、故障した物は今のところないようです」 「そうか、悪天候だったのか。気づかなかったな」 「はぁ」 「気づかないほど集中してたんだな俺」  何の話だか分からないが独り言には口を挟むべきではない。ここで一言言ったが最後、聞きたくない惚気話に延々と巻き込まれるはずだ。 「他には?」 「夕食後に船員同士のいざこざがあったようですが、特に大きな問題ではないです」 「ほお。何があったんだ?」 「いえ、業務にかかわることではないので」 「自分から言っといて教えてくれないのか、ショーン」  言わなければ良かったなと後悔したが遅かった。確かに最近平和に航海しているし、噂話の1つや2つ欲しいくらい暇、と言えば暇なのだろう。  私自身、それどころではなかったから、どちらかと言えば忙しく感じたが… 「なくなったシャツが別の者の部屋から出てきたらしく、それが原因で口論が始まったようです。詳しいことは分かりませんが」 「ふーん。洗濯物が混ざったとかじゃなくてか?」 「おそらく…激しい口論となるような内容ではなかったので…報告するほどのことでもありませんね」  閉ざされた世界で仕事をして、生活をしていれば、たまに所持物が行方不明になることだってある。  船の外に放り出されていない限り、それは船のどこかにあるはずだ。  だからこそ、口論するほどのことでもなく、はっきり言って他の者の部屋から見つかったなら万々歳だと思うのだが。  個人個人の理由があるのだろう。  直接関わっていない私が深く発言するようなことでもない。  我ながら上司に報告しなくても良いくだらない内容を口にしてしまった。 「そんなことよりお前、もう調子は戻ったのか?」 「…?調子、ですか?」 「ああ、ケンが寝込みだしたあたりから変だったじゃないか」 「……」  この人にもばれていたのだな、と痛感し天井を見上げる。 「もう、大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」 「そうか、いや話したくないなら良いが、お前には相談相手はいるな?」 「相談相手、ですか?」 「自分の中にため込んでおいては毒だ。たまに吐き出せる相手がいないと不健康だろ」  トラウマの話なら、ニールに聞いてもらった。  解決したか分からないが、以前より心が軽くなった気がする。 「ニールがいますので」 「ああ、あいつはちょうどいいだろうな。真っすぐすぎる人間だからな。飾らずに素直な意見をくれるだろう」  緩やかな揺れが船体に伝わり視線の先で青い空が輝いていた。

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