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第141話 アサとお絵かき

 スケッチブックを両手で抱えたサイが僕たちの前に立っていた。壁に寄りかかっているところを見ると、僕たちが厨房から出てくるのを待っていたのかもしれない。 「何?」 「冷たいな、ケン。僕はアサに用があって待ってたのに」 「アサに?何の用?」 「なんで喧嘩腰なの」 「だって、だって!」  一歩前に立っているケンがサイと何か言葉を交わしている。何を言っているのか分からないけれど、二人ともにこやかな雰囲気でないようだ。  ケンは、僕がニールに抱き着いているサイを目撃して泣いたことを知っている。ニールに向かって自分のことのように怒ってくれたし、そのせいで熱が上がってしまった。  僕はその後あまりサイと関わらずに生活してきたから、今更な気もするけど心の底がぎゅうってなるくらい嫌なことを思い出してしまう。  勘違いだと分かっているけど、ニールが他の人を抱きしめていると考えただけで吐き気がしそう。  だって今その張本人が目の前に立ってる。どうしよう。 「アサ、あの、良かったら休憩時間一緒にお絵かきできないかなって思って」 「ボ、ク?オ、エカキ…?」 「ええええええ?!アサとお絵かき?!」 「ケンはちょっと黙ってて。僕今アサと話してるんだけど」 「ウン、ケン、ウルサ、イ」  思ってもみなかったことを言われて頭の中が煩い。と言うかその前に横に立っているケンの声がワンワンと耳に響いてくる。元気いっぱいなのはいいことだけど、考えたいから少しだけ静かにしていて… 「二人ともひどいいいいいいいいいいいいいいいい!」  大声で叫ぶとケンはどすどすと足音を立てて10歩くらい先へと移動していった。うう、すごく罪悪感を感じさせられるような、しかめっ面をしてこっちを見てる。ごめんね、ケン。これが終わったらちゃんと謝るから。 「今日じゃなくてもいいんだけど、アサは絵を描くのが好きなんでしょ?僕も同じなんだ」 「オ、ナジ…?」 「そう、ほら見せてあげる」  サイは、ケンより早く喋る。言われた言葉も、自分の名前と「エ」と「オナジ」しか分からなかった。  胸の前に抱えていたスケッチブックを開くと、サイは軽くページをめくる。とあるページで指を止めて大きく開くと、そこには青色が広がっていた。  海の絵だ。  絵具で描かれたそれには、白い波が泡立っていた。白い翼を広げた鳥が気持ちよさそうに飛んでいる。  見ているだけで心が落ち着くような絵だ。僕もニールがくれたスケッチブックに絵を描くけど、ここまで上手に描けない。趣味と言うほどでもないし、どちらかと言えばこの船に乗り出してからのほうが絵を描いている気がする。    船に乗ったばかりの頃、言葉が通じない僕にでもできることと言えば、お絵かきだったから。それはいつの間にか習慣化していて、今でも色鉛筆で絵を描くけど。  サイの絵は、お絵かきの域を超えているよ。

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