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第142話 アサと仲良し
「サイ、ジョー、ズ。ボク、ダァメ」
「でも、絵を描くの好きでしょ?」
「エ、スキ。デモ、ダァメ」
うーん、と僕が言った言葉に悩んだ様子を見せたサイに、もしかすると伝わらなかったのかもしれないと思い出した。間違った言葉を使ったのかもしれない。
「好きなら、一緒にお絵かきしたいんだけどな。下手上手は関係ないよ。好きなら楽しいでしょ?」
「タノシ、イ」
「それなら、今日の休憩時間は?今から休憩でしょ?」
「イマ、ニール、ヤスミ…」
「ああ、そうかそうだよね…明日はどうかな?」
一瞬だけサイはつらそうな表情を見せた。何かを我慢するような、悲しそうな顔だったけどすぐにまた笑顔を見せて、茶色い瞳を輝かせていた。
ほとんどって言っていいほど、僕はこの人のことを知らない。ニールとのこともあって簡単に心を開けるかって聞かれたら首を振りたくなるけど、悪い人ではないのかもしれない。
「アシタ、ダイジョブ」
「やった!それじゃあ、明日の休憩時間ね!わーい!楽しみ!」
ありがとう、と僕の手を握ってサイは踵を返した。
数歩先で僕たちのやり取りを見ていたケンは、面白くないと言った顔で頬を膨らましている。
「サイ、ちょっと!」
「なに?少しだけ声のボリューム落としてよ」
「くうう失礼な奴!」
「うるさいってば」
「アサに変なことしたら僕が許さないからね!」
ケンが何を言っているか僕にはわからないけど、絶対に怒ってる。これはケンが怒っている顔だ。
仕事中の船員さんたちが僕たちの横を通っていくたびに不思議そうにこちらを振り返る。まさかとは思うけど、ケンは喧嘩を始めようとはしてないよね?
「変なことって何だよ。絵を描くだけだし、変なことじゃないでしょ?」
「ううう、変ではないけど!アサを泣かせたら僕が許さないんだから!」
「絵を描くだけだってば」
「なんでいきなり仲良くしようとしているの?」
「ニールの提案だよ」
「えええええええええええええええええええ」
ケンの叫び声が廊下に響いた。近くの部屋から驚いた顔をした船員さんたちが何人か顔をのぞかせている。
当のケンはと言うと、頭を抱えて何かをぶつぶつ言っていた。サイは耳を押さえたまま、驚きすぎて固まっちゃったみたい。
今のは確実にうるさすぎたよ、ケン。このままじゃ船長さんが来ちゃう。
「ニール、何やってんの。何なの、バカなの?!」
「ケンッ、ウルサ、イ…!」
「だってぇぇ、アサ、聞いた?ニールの陰謀でサイがアサと仲良くしようとしてるんだよ?!」
「僕だって、アサと仲良くなっても良いでしょ?」
「良いけどさぁぁ!だって、サイはニールのこと好きなんでしょ?恋の宿敵だよ?!」
ん?今、ニールが「スキ」ってケンが言った気がする。
サイが、ニールのこと好きってこと?
何それ、初耳!
「サイ…ニール、スキ?ホント?」
「もぉぉ!アサ、可哀想!ニールはアサの恋人なんだよ、サイ!」
「そんなこと知ってるし、今振られてきたばかりだってば」
「ン?ナニ?」
「振られたぁぁぁ?!ってことは告白したってこと?!」
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