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第143話 アサの感動
半分以上分からない言葉の中から、理解しようと脳みそが忙しい。とにかく、サイもニールが好きって言うことで間違いないのかな。
どうしよう。だからニールに抱き着いていたの?でも、あれは僕の誤解だったはず。ニールはサイのこと好きじゃないって言ったけど、サイはニールのことが好き?
心臓がばくばく煩い。
すっかり忘れていた心の痛みが戻ってくるようだ。
「二人とも、僕の部屋に来て。廊下で僕の失恋話なんてしたくない」
「ヘヤ?サイ、ノ?」
「そう、詳しい話するから、ちゃんと聞いたら二人とも分かってくれるって信じてるから来て」
「うーーーーーーん、分かった!気になるから行く!アサも行くよね?!」
さっきまで怒っていたくせに、なぜか笑顔になったケンにつられて僕は頷いてしまった。
サイの部屋に行くことになったみたいだけど、正直言って一分も無駄にせずにニールに会いに自室に戻りたい。仕事が終わったら二人でのんびりするのが日課なのに。少しくらいお邪魔して去ることはできるかな。長居はしたくない。
お絵かきを一緒にするなら予めニールに伝えてからやりたいし、何も言わずに戻らないと迷惑になる気がする。
「アーサ!早くはやくぅ!」
今の僕には細かいことを説明できる語学力はなくて、こういう時に物凄くもどかしい思いをする。
早く言葉を覚えなきゃ。早く気持ちを伝えられるようになりたい。
生活がしやすくなるから、と言うのはもちろんだけど、じれったいやり取りを減らすためにも、出来るだけ早く異国の言葉を覚えなきゃ。
船での生活は長い。
生まれ育った島へ戻らないと決めた時から、そのことは分かっていた。
だから、言葉を覚えるにはたっぷりと時間がある。
でも逆に、早く習得できればその分だけ、今よりも充実した生活を送れるはず。
頑張らなきゃ。
「はい、二人とも部屋に入る前に靴脱いでよね」
「ええええええええ?!なんで?!」
「は?ケンは自分の部屋で靴脱がないの?」
「脱がない!」
「うわ、野蛮人」
サイの部屋は、僕たちの部屋とも、ショーンやケンの部屋とも違った。もちろん、どの部屋も似たような作りだし、備え付けの家具も大体同じだけど、サイの部屋は色とりどりだった。
「キレ、イ」
「アサ、気に入った?」
「ウ、ン」
壁に飾られたむき出しの画用紙には、様々な風景が描かれていた。
宝石のように綺麗なガラス細工、遠方に浮く島が丁寧に描かれている海、嵐の前のような薄暗い空。
どれもサイが描いたものに違いない。
机の上には何枚もの画用紙と絵の具が散らばっていた。
船の中にいることを忘れてしまうほど、芸術的な空間だ。
ここに何をしに来たかを忘れて、何時間も見つめていられる。
「二人とも、ベッドに座る?」
「ウ、ン」
「ケン、大丈夫?」
「あ、ん、ちょっとびっくりしただけ」
「何に?」
「絵描いてるのは知ってたけど、こんなに上手だと思わなかったから」
ケンも壁を見つめたまま、サイの絵に感動しているようだった。さっきまで騒いでたケンを黙らせる効果があるなんて相当なものだ。
「お茶淹れてから話ししようか」
「そうだ!失恋の話しに来たんだよね」
「忘れてたの?それなら話さなくてもいいんだけど」
「やだ!聞きたい!」
ぽすんっと音を立てて、ケンが隣に座った。
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