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第153話 ニールの立ち話

 ゆったり……ベッドに寝そべりながら、あのすべすべな肌を撫でまわして、何度キスをしても慣れずに真っ赤になる頬を両手で支えて……ゆったり、あんなことやこんなことができたはずなのに。  どこ行った、アサ…… 「ニール、廊下を走るとはいい根性してんな。お前、下のやつらに示しつかないからそういう馬鹿なことすんなよ」 「船長、おはようございます!ちょっと急いでて」  しまった、一番厄介な人の登場だ。  ただでさえ、上司だからってのもあるが口うるさい人だというのに、アサが関わると200倍ぐらい父親顔も加わって俺に厳しい。  いや、そういうところも含めて尊敬している人だが、今の俺は忙しいんだ。こんなところでお説教食らってる場合じゃない。 「急いでんのは見りゃ分かんだよ。走るなって言ってんだ。これで他のやつらが真似しだしたら、お前のせいになるんだぞ?分かってんのか?」 「正論ですけど、船長。大事な用件なので失礼させていただいてもいいですか」 「ふーん?何の用だ」  だから急いでるって言ってんだろ、船長!と怒鳴りたかったが、そんなことしたら海に落とされる運命が待っているに違いない。  いくら天気が良い日だからって、海水浴に向いているような温度ではない。飛び込んだら一瞬で体が冷えて、波にさらわれて魚の餌になる結末まで見えてくる。    海は好きだが、アサと離れ離れになる運命などいらない。 「アサを探しているんですよ。どこかで見かけませんでした?」 「逃げられたのか?」 「は?!」 「お前しつこそうだもんなあ。逃げたくなる気持ちもわかるよ」  何の話だ。  アサは逃げていないし(多分)、俺はしつこくない(多分)。  何とは言わないが、嫌だ、やめてって言われたらすぐにやめるし、アサが嫌がることは絶対しないって神に誓っている。  この人は勝手に話を進める天才だな。 「たまには一人になりたかったんじゃないか、アサは」 「なんでですか。たまの休みを二人で過ごす予定だったんですよ」 「それはお前がたてた予定だろ?アサはどう思っていたか分からないじゃねーか。ニール、お前ちゃんとアサと会話してるか?あの子に辛い思いさせたら俺が許さねーって何度も言ったよな」  父親気取りな船長が顔をしかめる。  デジャブなんじゃないかって思うほど似たような会話を過去にもしている。    それだけ、船長はアサのことを大切に思っているんだ。    自分以外にも、アサのことを思っている人がいるのは、俺にとって複雑な事実だ。  俺だって馬鹿じゃないから、船長の気持ちが単なる好意であって、それこそケンを育てた人だからこそアサを息子のように思ってくれているというのは分かっている。  分かっていても、独占欲の塊な俺は複雑な気持ちになんだよな。 「ちゃんと会話してますよ。アサがしゃべれるようになってきたの、船長だって知ってますよね。それに、俺がしつこくても、アサは逃げませんよ」 「おお、だいぶ自信あんな、お前」  同じ場所で無駄な会話をしている時間が惜しい。  船長との会話が嫌いなわけじゃない。普段ならありがたく話を聞かせてもらいたいが、今は何とか振り切ってアサ探しを続けたい。

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