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第156話 アサのもどかしさ

「ケン、アサ!!大変です、大変です!開けてください!」  サクサクしていて、舌に触れた瞬間にトロトロと溶けてしまう美味しいビスケットをケンと半分こする。そんなのんびりしていて、ケンとしては珍しく穏やか(で、静か)なひと時を一緒に過ごしていた時だ。物騒な音を立てて扉が震えた。  扉をたたいている、なんて可愛らしいものではない。ドカドカ、ガンガンと音を鳴らして、ケンの部屋と廊下を遮る木製の板が揺れていたのだから。 「うわっ、え、なになに、怖いんだけど。アサーーーーー!助けて!」 「ケン、ダ、レ?」  隣に座っていたケンが僕に抱き着いてきた。何か月も一緒にいるから、僕にはわかる。ケンは本気で怖がってるわけではない。これは「フリ」だ。 「誰だろーねー、野蛮だよ野蛮」 「ヤ、バン…?」  初めて聞いた言葉に首を傾げていると、扉の向こうの誰かがさっきより大きな声で叫びだした。 「ケン!アサ!開けてください!一大事です!」  おっ!と飛び上がるとケンが扉へと近づいていく。服についたビスケットのかけらをパンパンと手で落とし、面白おかしくと把手へと手を伸ばした。 「なーんだ、ショーンだったの?驚かせないでよ」 「ケン、早く開けて――」 「はいはいはい」  大げさに扉を開いたケンの向こうに、肩を上下させるショーンが見える。  嫌な予感がする。  今日の天気は晴天だったはず。船もほとんど揺れを感じないほど静かに前へと進んでいる。ここ最近は、船員同士の喧嘩もなく、平和な毎日を送っていた。  そう。サイが「ニールのことを好きだった」なんて教えてくれるまでは、僕の心も頭も穏やかなもので、慣れ始めた船生活に満足し始めてきたところだった。  それなのに、室内へと大股で歩いてきたショーンを見る限り、何か悪い知らせを運んできたようだ。  僕に関係あることなのだろうか。それとも… 「アサ、聞いてください。ニールがちょっとした事故にあいまして…怪我もしてるんですが、後頭部を打ったからか、意識がないのですが…」 「はぁ?!待って、ショーン、何て言った?!ニールが怪我ァァ?!」 「ケン、少し声を――」 「ケン、ウルサイ」 「う……アサにうるさいって…ご、ごめん。だって、あのニールが怪我したんでしょ?」  何が起きたのか、ショーンの言葉は難しすぎて僕にはわからない。ところどころ、ニールの名前と「ケガ」と言う言葉が聞こえてきたのは確かだ。  ニールに何かがあったんだ、きっと。それで二人が動転しているんだ。でもそれって、何なんだろう。  もどかしい。  自分が皆の言葉を知らないがばかりに、こういう思いをするんだ。 「アサ、大丈夫ですか…」 「ボ、ボク…ワカラナ、イ」 「あ……」 「そうだよね!難しいよね。ショーン、これってもしかしなくても、アサをニールのところに連れて行った方が分かりやすいんじゃないの?」  どんどん進む会話の間に立ちながら僕は泣くのを我慢していた。理解できないのが悔しい。大切な人に何かが起きているのに、僕は意味も分からなくて首をかしげているだけだ。  状況を理解していないわりに、僕の鼓動はどんどんと加速していく。

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