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第157話 アサは落ち込む
「アサ、ニールのところへ行くよ!」
「ン、ニール、ダイジョブ?」
「うーーーーーん…大丈夫ではない、かな……ねえ、ショーン」
「今のところ、何とも言えないですね。頭をぶつけているので…」
「アタマ…?」
ケンに手を引かれるままに、僕は廊下へと出る。近くに船員さんたちはいなかった。夜に比べて日中は働いている人が多いから、賑やかなはずなのに。
もしかすると、偶然そこに誰もいなかっただけかもしれない。それでも悪い方向にしか物事を考えられなくなった僕はぐるぐると落ち込みだした。
何が起きているのかもわかっていない僕に、落ち込む権利なんてないけど。もどかしさと不甲斐なさに僕は泣きそうだった。
「もおおおお!ニールのせいでアサがしょぼんってしちゃったーーー!」
振り返ったケンに抱き寄せられる。かすかにビスケットの香りが僕の鼻を擽った。
「ケン、静かにしないと、あなただけ置いていきますよ。現状がどうであれニールはけが人です。大声で騒がれたら、治るものも治りません」
「むっ!僕だって静かにしようと思えばできるし!」
「今、アサは何が起きているか分かっていないはずです。下手に騒いで不安にさせても迷惑なだけですよ」
「……わかってるよ。僕はアサのお兄さんだからね。どんっと任せて」
ケンに何やら言い聞かせていたショーンが僕の方に振り向いた。言葉の壁のせいで、まともに会話をしたことがなくても、この人がいかに真面目な人か、時に怖そうな顔をするけど、それは優しさからくるものだって言うのを僕は理解している。間違っていないはず。ショーンは船のみんなのことを想って行動する優しくて温かい人だ。
僕が一番好きな人はニールだけど、ショーンがいて、ケンがいて、船長やミリさん、それに他の船員さんたちがいるこの船だからこそ、僕は家族の待つ島国ではなく船に留まるって決めたんだ。誰か一人が欠けていたら、今僕はここにいない。
起こるべくして起こったこと。これは運命だったんだって僕は思ってる。
その運命の船の上で、今大変なことが起きているわけだけど…
「ヤッホーせんちょー!」
「ケン、てめえ、ヤッホーじゃねえよ。挨拶はしっかりしろって昔っから――」
「はいはーい!船長さま、お疲れ様でーす」
「はあ……覚えておけよ」
ここはどこだろう?
僕たちがここに着いたタイミングで、船長が扉の中から出てきた。
一度も入ったことのない部屋の前に僕たちは立っていた。扉に何か書いてあるけど僕には読めない。多分、ここが何の部屋だって書いてあるんだろうな。
不安でいっぱいになった僕は自然とケンの手を握っていた。船長に満面の笑みで話しかけているケンは、僕には何も言わずにぎゅっと手を握り返してくれる。
明るいケンはふざけているようで、意外と僕のことを考えてくれているのかもしれない。
「アサ……お前も来たのか」
「センチョ?」
「連れてこない方が良かったでしょうか」
「いや、お前の判断が正しいだろう。隠してもしょうがないしな」
「ネ、ナァニ? ニール、ダイジョブ?」
言葉ではわからないから、早く答えを見せてほしい。
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