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第158話 ショーンは心の支えとなる
「ア、ア……ニール……」
「アサ、大丈夫ですか」
大勢いても意味がないと医務室を去った船長を見送ると、私たちは静かにニールを見つめた。
今朝まで元気だった人が目の前で力なく目を閉じて横たわり、頭から血を流している。そんなことを目にしたいと思う人間はこの世にいないだろう。それが恋人だったら特にだ。
「ボ、ボク……」
ケンの手を握ったままのアサが震えている。
刺激が強すぎたかもしれない。
応急処置がされてるとは言え、所詮頭から流れていた血を拭き、不器用に包帯が巻かれているだけだ。赤くにじむ包帯が余計に痛々しさを演出している。
今までケンと私の会話を理解できていなかったアサも、一目で事の大事さを理解したようだ。それでもまだ、何が起きたのか説明できていないが、話しかけて良いのか躊躇ってしまうくらい顔色が悪い。
もともと色白の頬が、いつも以上に青みを増している。涙が出ないほど驚いているのか、泣いてはいないようだ。言葉にならず、震えて出てくる声を聴いていれば、ショックを受けていることが分かる。今ここで、私にできることは焦らずにアサを支えることだろうか。
看病は苦手だと言ったのに。
自分のトラウマを告白した相手が、まさか自分の目の前で怪我をするとは思わなかった。
「ショーン?これって、どういうこと?ニールに何があったの?」
「廊下で滑って頭を打ったんです」
「は?!待ってじょーだんなの?!なんでそんな面白いことしてるわけ?」
「ケン!ふざけてもそんな失礼なことを言ってはいけません。ニールのせいではないんです。事故……と言いますか」
はあ?!と叫んだケンを視線で黙らせる。意識がなかろうが、けが人に大声は良くないだろう。
「私と話し終わって、あなたの部屋に向かって行ったのですが……ちょうどオイルをこぼしたからって洗剤を使って掃除している者がいて……急いでいたのと、前を見ていなかったのか、派手に転ばれて。ちょうど頭を打たれたところにバケツがあったので、こんなに出血していると思うのですが」
「意識失ってなかったら、笑ってやれるのに!もう、何それ……ニールのバカのせいでアサがこんなに震えてるんだよ?!もうバカバカ!」
「ケン……一応ニールは上司ですので、中傷するのは止めたほうが」
「船長だってそういうはず」
「それは反論しませんが、相手は意識のないけが人ですので」
船の医務室は広くない。幸運なことに、あまり使われることのない部屋だ。船員の部屋にあるものより質素なベッドと、木製の机、茶色い小瓶の並ぶ薬棚があるくらい。
「ケン……ニール、ナニ?」
そうだ、説明しなくちゃっとケンがアサの両肩をつかむ。私だったら、どの言葉を選べば通じるだろうかと悩んでしまうが、そこはケンだ。悩む前に口が開いている。
そこが彼の悪い癖で、今は強みだ。
私たちには、アサの不安を取り除いてあげることくらいしかできないのだから。
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