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第159話 ショーンの即興

「アサ、あのね、ニールはね」    話し出したケンを横目に、私は椅子をアサに差し出す。大人しく座った彼の手は震えていた。反応のないニールの腕に触れ、泣きそうな顔で私たちを見つめている。  どこまで伝わるだろうなど、ケンは考えていないだろう。自分だったらどうしてもらいたいかなど複雑なことは考えていないはずだ。ただ、目の前にいる自分の親友に状況を伝えたい、それだけを機動力にケンはアサに話しかけている。  いつもと同じ。  アサとケンがこの船で出会い、仲良くなる前からずっと同じだ。  諸突猛進なケンに、大人しく慎重なアサ。二人がどのくらいお互いを理解できているか分からないが、言葉では伝えられない、もっと特別な次元で繋がっているのだろう。 「それでね、ニールがショーンとバイバイしたあとに、バーン!って転んだんだって」 「バーン…?」 「そう!!もー伝わってないな…うーん、わかった!僕が実演するね!ショーン、ショーンはショーン役ね」 「え、待ってください、いったい何をされるのですか。お忘れかもしれませんが、一応ここは医務室ですので、静かにされないと…ほら、けが人もいらっしゃいますし」  何度も言うが、この部屋は狭い。意識なく横たわる成人男性(大きい)に加え、元気な私たち3人が動きまわれば窮屈だ。そんなことを気にするような人ではない。ケンは私の袖を引っ張り、にこりと笑った。 「アサ、僕がニールね」 「ケン、ガ…ニール?」 「本当にじゃないよ!僕がニールの役をするねってこと」 「ン…?」 「絶対分かってないよね、これ」 「いろいろと無理があるのではないですか、サイズとか」 「サイズがなんだって!?もぉお僕はちびじゃない!!!」  シーっと唇に指を当てて軽くにらむと、ケンが首をすくめた。静かにするというのが苦手なのはわかるが、場所と状況を見極められるようにならなければ。    もう子供ではないのだから、と何度も伝えているのに、子供の頃から騒ぎ出す癖は抜けていない。唯一静かなのは眠っているときか、風邪を引いたあの時くらいだっただろうか。いつか年をとったときにこのままだったら困るのはケンだ。  と、言うと「年寄りくさい」と言われてしまうのだが。 「アサ、見ててね!」  わざとらしく、小難しい表情をしたケンが私の方を向いた。椅子に座るアサは、何が起きているのか分からないと言った顔をしてこちらを見つめている。  私たちは、この子の恋人が意識なく横たわっている間近で、いったい何をしているのだろう。 「ショーン、アサを見なかったか?どこを探してもいないんだ!」  大げさに手ぶり身振りをし、ニールの物まねをしだしたケンにアサの顔が緩くほころぶ。 「逃げられたのですか?」 「あ!?アサが逃げるわけないじゃないか……ってえ、ショーン?ちょっとお芝居ストップね。ニールにそんなこと言ったの?」 「ええ、すごく焦って廊下を動き回っていたので。とうとうアサが怖がって逃げたのかと」  突然終わった芝居に、アサが首を傾げている。言葉が通じないのはもどかしい。突然、切り替えてしまって申し訳なくなってきた。

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