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第160話 ショーンの気苦労

「ふふ、ありそうだけど、失礼だよ。でもニールならありそう。しつこすぎてアサに逃げられるの。でも大丈夫。そうしたら僕がアサを慰めてあげるから!!」 「そこで慰めが必要なのはニールではなく?」 「うげ、無理。絶対ヤダ。ニールはショーンに任せた」 「落ち込んだニールを慰めるのは私もゴメンです」 「友達じゃないの」 「友人でも同僚でも嫌なものは変わりません」  かわいそうなポジションだね、と言いながらケンは大声で笑いだした。狭い部屋に響きいつも通りうるさいくらいだ。けが人の前で失礼だが、この明るい性格のおかげで今私たちの精神が保たれている気がしなくもない。  船医のいないこの船で、ニールの状態を詳しく知ることはできない。様子を見て、危険なようであれば一番近い陸へと向かうしかないだろう。  船での生活はとても隔離されたものだ。ケンが体調を崩したときもそうだったが、けがや病気になったら、幸運を祈り自然治癒するまで待つ以外ない。もちろん、医薬品はある程度、船に積んでいるし寄港のたびに補充している。サイのように医療をかじっている者も過去に何人か乗っていた。  これは、あとで船長と話し合ったほうが良いかもしれない。   「それじゃあ、続けるよぉ!アサ、準備良い?」 「ン…ト…」 「え~っとニールが「アサは逃げてない!」って言ったところからだったよね!じゃあ次はショーンね」 「私ですか…確か、アサはケンの部屋にいるはずですよ。と言ったはずです」 「そうか、助かる!じゃあな!」  ニールの真似をしたケンの手が空を切る。  これでアサに伝わるかは分からない。ましてや、実際これはニールと交わした会話と異なるわけだが、この後に起きたことを身振り手振りで伝えられれば問題はない。 「ふんふんふんふんふん」 「ケン、流石にニールもそのような音を立てながら歩かないと思うのですが」 「ちょっと!僕の芝居に文句つけてるの!?ニールはこうやって歩くでしょ?」    ケンにしては大股に一歩二歩と足を踏み込む。背の高いニールの歩幅は大きい。どちらかと言えば華奢なケンと比べれば、豪快に歩く人ではあるが。 「それで歩いてたら滑って頭打ったんだよね、ショーン」 「はい、私と周りにいた船員も声をかけたのですが、どうも急いでいたようで聞こえなかったみたいです」 「アサのことで頭がいっぱいだったんだな、きっと」 「それはいつものことですね」  大人しく座っているアサの方へと目をやると、心配そうにニールの腕に触れていた。遠慮がちに撫でる指先は、怯えているようでもあり、心配そうでもある。  少し前まで元気だった恋人が、目を開かず横たわっているのだ。当たり前のことか。  その横で大騒ぎをしている私たちの方が異様なのだ。けれど、これ以外、今名案が浮かぶわけでもなく。何とかアサに伝えたいという気持ちばかりがここで大きくなっているのは確かだ。 「おっと、うわぁっ!」  わざとらしいセリフを口にしながら、ケンが上半身を後ろへ反らす。中途半端に宙に浮いた右足がぶらぶらと揺れた。    

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